「愛しているとか、尊敬しているとか、嫌いとかそんな言葉はいらないの。表面上の言葉なんて誰でもいえるから。私、言葉を信じてないの。ただ、行動で示してくれない?それが一番手っ取り早いでしょ」
あなたの心を行動で表して。よろしく。と言って去っていった、彼女はいままでで一番、俺に影響を与えた人かもしれない。
今まで付き合ってきた彼女たちは、言葉で何度も好意を確認してきた。だから、声かけを怠らなかったのに、彼女は必要としていなかったみたいだ。
家の都合といえば、良いかもれしないけれど、俺と彼女との間には恋愛感情はない。家の繋がりを得るために互いの利益を追求するために、結婚したのだった。仕事をバリバリやってきた彼女は、物事をきっちりとこなして、真っ直ぐな感情を俺に向けてきた。
でも、何を考えているのかは、よく分からないけど。ひとつだけ言えるのは、彼女は俺を愛していないってことだけ。でも、義務感とかでは絶対になく、俺は彼女を大切に思っているし、きっと彼女も俺を大切なパートナーくらいには思っているだろう。
ちなみに男女の営みなんて、やっていない。最初の方こそやるのかなー、と思っていたけれど、結婚初日から彼女は規則正しい生活で、寝室に俺がいった頃には熟睡しているから、ここ二年間やっていない。
客の対応もとても丁寧で、こなれている。女主人としての役割も十分果たしている。俺が望むことは、他にはない。
俺は、商人気質なところがあって、金のニオイがすると、すぐに飛びついては、良い商談をしてくる。失敗はない。そのおかげで、かつては、貧困を極めていた俺の家は名を世に轟かせるようになっていた。
俺の中の一番は、金だ。金があって困ることはない。金があって初めてこの世界は回っていくのだから。そしてもう半年ほど、家を空けて、家の切り盛りは彼女に任せて、遠いところを飛び回っていた。
いつくかを拠点にして動いていた俺の元には、毎日何かしらの連絡が入ってくる。忙しくて、でも忙しいのが好きな俺は、彼女のことなんて忘れて仕事に耽っていた。
ある時、こんな電報がきた。
「あなたの大事なものをいただきに参ります。時間は十日後の十二時に」
気にすることもない、ただの連絡だと思った。自分を好まない人が勝手にやっているだけだと。無視していたのだが、数時間ごとにその連絡が入ってくる。一体誰が出しているのか分からない。しょうもないと分かっていたが、念のため、俺は今まで稼いできた金が盗まれないように、信頼できる警備員を用意して、その時を待った。
結果は、特に何もなかった。
「そうかそうか、こちらの構えにびびって計画を中止したんだ」と手を叩いて笑った。
そして今日、約八か月ぶりに家に帰ってきた。
ただ、いつも出迎えてくれる彼女がいない。家の中ががらんとしていて、埃の溜まった家具たちだけが、物寂しく目に映った。
え、彼女はどこにいるんだ。
家のなかを探しても、どこにもいない。連絡を取る手段もない。彼女との再会を期待するのは望み薄だった。
彼女がおかえり、と言ってくれるのを心のどこかで待っていたんだと、気がついた。いつもは、ああ、とかで終わらしていた気がする。
彼女がいなくなって、改めて彼女の存在が必要だったかを知った。何をするにも彼女を探してしまっている自分がいる。
彼女の部屋に勝手に入ってみると、置かれているものがほとんどなかった。帰ってくる気がさらさらないのだと思い知らされた。元からあった楠木でできた机の上には、綺麗におりたたまれた彼女らしい几帳面な字で書かれた手紙があった。
「お帰りなさい。突然ですが、私は盗人さんに盗まれてしまおうかと思います。もともと昔馴染みなので、何も問題はありません。離縁届けは書いて提出しました。あなたの字を真似て。勝手にするのはいけませんよね。でも、これが良いと思ったのです。あなたがいつ帰ってくるかも分からないし、近況報告もなく、私を気遣った行動がないので、きっとあなたは私のことが嫌いなのだろうと判断いたしました。愛し愛される関係を望んだのではありません。しかし、尊敬し思い合える関係にはなりたかったです。仕事柄仕方がないことですが、あなたはほぼいらっしゃらないし、なんでしょうね、上っ面でなければ会話もしたかったのです。最初のあなたの愛しているので言葉は、感情がこもっていませんでしたから、それがなければ、したかったのです。きっと私の努力も足りなかったのでしょう。
他人が羨ましくて仕方がなくなりました。一応、盗人さんに連絡をあなたに入れてもらったと思います。内容は全て任せてしまいましたが。あなたと別れると決めた十日後の十二時までは、ダメとその人に言われたので待っていましたが、どうやら時が来たようです。
さよなら。お世話になりました。 」
良い関係を築けていると思っていたのは、俺だけか。
大事なものって、お前のことだったか。確かに大事だ。
今なら、本当にわかる。無くしてから後悔するなんて、馬鹿だな俺。ごめん。ごめん。何度言っても蔑ろにしてしまっていた事実は覆らない。
ごめんな。本当に。
きっと君は俺の元に戻ってくる気持ちはもっぱらないだろう。
ならば、また彼女に許してもらえなくとも、彼女が幸せになれることをひっそりと願っていたい。
8/29/2023, 12:41:22 PM