『遠い約束 』
あるところに、セバとメアという
貧しいきょうだいがいました。
二人の母親は男を作って姿を消し、父親は
酒に溺れ、ろくに働いていませんでした。
彼らの暮らす掘っ建て小屋は、
すきま風が入り込み、
冬は血が凍りつきそうなほどの寒さです。
野草や溜めた雨水、飲食店の裏手に捨てられた
残飯を漁って何とか飢えをしのぐ日々。
二人は近所の叙々苑から漂ってくる
焼肉の匂いをおかずにコンビニで買った
塩むすびを食べていました。
「セバスチャン。もし焼肉に行けたら
あなたは何を頼みますの?」
メアがセバに尋ねます。
「ネギタン塩に、カルビ、ロース、ハラミ、
あとはサラダにキムチですかね」
「まあ!なんて素敵なのかしら」
二人は想像しただけでも、
お腹がぐううとなりました。
「わたくしを叙々苑に連れてって」
セバは、幼いメアの、もみじのような
おててを握りしめて頷きました。
「大人になって成功したら.....、
必ずや、共に参りましょう」
やがて時は流れ、二人はそれぞれ
別の道を歩むことになります。
学校を中退して働き始めたセバと、
学校に通いながらお金持ちの家に
奉公へ出されたメア。
セバは持ち前の忍耐力で重労働に
耐え抜き、やがて事業を立ち上げました。
仕事が軌道に乗り始めた頃、
父親から電話がかかってきました。
「メアが死んだ」
久しぶりの再会は葬儀場でした。
死因は奉公先の意地悪なおばさんがくれた
アップルパイによる食中毒。
それは半年前に作られた常温保存の
アップルパイだったといいます。
雪のような白い肌に紅を差したメアの顔は、
まるで眠り姫のようでした。
「綺麗な顔してるだろ。
ウソみたいだろ死んでるんだぜ」
気の抜けた父親の声に、セバは拳を震わせ、
唇を強く噛み締めました。
「......どうしてですか。焼肉、食べに行くって
約束したじゃないですか」
セバはメアの冷たい唇に唇を重ねました。
すると――。
なんという事でしょう。
メアの長いまつ毛が揺れ、瞼がゆっくりと
開かれたではありませんか。
「セバスチャン......」
「!」
セバとメアは抱きしめ合いました。
それから二人で叙々苑に行きましたとさ。
4/9/2025, 8:45:07 AM