高校の頃、すごくお世話になった顧問の先生がいる。
思春期特有のお調子者だった私は、下の名前で彼女のことを呼んでいた。そのたびに、先生でしょ!と嗜められたっけ。それでも名前で呼ぶのを許してくれていた気安さが心地よかった。
18歳の頃に31歳とかだったと思う。一周りちょっとの年齢差。教員の中でも一番近い歳で、話しやすかった。先生でいて、姉のようでいて、時々甘やかしてあげたくなる存在だった。
今朝、そんな彼女の夢を見た。ガラケーではなくスマホでずっと電話をしていて、ちぐはぐな時代考証に夢だと気づいた。
夢の中の先生はひどく具合が悪そうだった。熱に魘されながら、それでも何故か私と電話をしている。私は私で学校にいて、先生の代わりに外部業者と打合せをしながら。
熱は?とかごはんは?とか合間に挟みながら、珍しくしんどそうな声がして何かしてあげたいって思った。
「男所帯だからお見舞いの差入れとか全然なってないの」
「食べるものある?」
「カップ麺2個とか」
「そりゃダメだ」
「ふふふ、ね?」
「あ、ちょっと待っていま業者の人と話すから。電話切らないでね」
耳元から電話越しに聞こえる苦しそうな吐息。早く寝てもらいたいのに、業者とのやり取りを聞いてもらうために無理を押して電話を繋いでいる状況にやきもきした。こっちの焦りとは裏腹に業者のお兄さんの懇切丁寧な説明が続く。
ようやく打合せが終わって、小腹を満たすために菓子パンをもぐもぐと口に放り込む。見覚えはなかったけど、夢の中では同じ部活仲間の男の子と業者のお兄さんと3人でパンを分け合う。
不意に手元のスマホを見て通話中であったことを思い出した。
「もしもし、ごめん今終わったよ」
「…ん」
「寝てた?」
「ううん、聞いてた。切ったほうが良いかとも思ったんだけど」
時計を見ると16:30を少し過ぎたところだった。
私を迎えに来た母が傍らにいる。先生が体調を崩してることを母も知っているようだった。母に先生のところへ送ってくれるか尋ねると静かに頷いてくれた。
あとは先生に断わられなければいい。そこまで踏み込んでいいのか正直わからなかったけど。心配の気持ちが勝った。
「これから先生のとこ行ってもいい?何か食べやすいもの買っていくし、着替えとかも」
「…うん、お願いしようかな」
「言うて住所知らんからスマホに送ってくれる?」
「はーい」
「18時までには行くから。それまでちょっと寝てね」
「うん、そうする」
拍子抜けするくらいあっさり訪問の許可が下りた。普段であればきっとこうはいかなかった。と言うことは、よっぽど辛いんだろう。早く看病に行かなければ。
ここで目が覚めた。
頭が微かに痛んだ。先生の名前を口に出す。夢の中で体験したことは実際の過去では起こっちゃいなかったけど。それでもあまりにリアルな夢で心配になる。夢の中の私はちゃんと先生のところまで行けただろうか。
そして現実の先生は元気にしているだろうか。今はあの頃の先生の歳を追い越してしまった。最後に会ったのは15年ほど前。
久しく会っていないけれど、それでもたまに想い出しては胸の奥がじんわり疼く。それはあの頃名づけられなかったこの想いが、歳を重ねてから恋だと気づいたからだった。
忘れ得ぬ彼女との日々と夢想する手にしたかった時間。
『恋物語』
5/19/2024, 2:05:52 AM