「たしか、こんな感じで」
山下カナミはそう言って、倒れた俺に覆い被さる。
学校の階段の踊り場。放課後で人気はないとはいえ、他の生徒もいる時間だ。
「待て待て、そこまで再現しなくても」
「で、手はこう」
「聞いてんの?」
山下は床についた手の位置を微調整してうんうん唸っている。
俺の目の前には山下のまつ毛があって、俺の身体に彼女の柔らかいところが当たっていて、とにかくもうどうしていいか分からないので早くどいてほしい。
弁解しておくが、俺たちは別にやましいことをしているわけではない。山下が言う“あの時”の現場を再現しているのだ。
俺が階段を降りていた時、後ろにいた山下がつまずいて、俺もろとも下へ転がったのだ。幸い高さはなく二人とも怪我はなくて済んだが、その時のショックで、山下いわく“能力が覚醒した”らしい。
最近その能力が使えなくなったので、こうしてあの時の状況を再現したいと。そういうことらしいんだが。
「やっぱり実際に転げ落ちないとダメなのかな…」
「ひとつ聞いていいか」
「なに?」
「その“能力”って、一体なんなの」
「えっ」
気を紛らわすために聞いてみただけなのに、意外にも山下は戸惑ったようだった。
彼女は小さな声で、「みらいよち」と言った。
「へえ、何が見えたの?」
山下は急に俺の目を見つめ、それからみるみるうちに赤面した。
【お題:奇跡をもう一度】
10/2/2024, 10:20:30 AM