シュテュンプケ

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 何気なくを装って本棚に手を伸ばした。背表紙を掴む寸前であなたの手と触れ合う。

 あ、とお互いに声をあげて手をひっこめた。きっとわたしの声はわざとらしかったし、手を戻す仕草は少し遅かった。

 対照的に、あなたの声は偶然の産物で、手を戻すのは早かった。

 視線を向けた先にある表情はいつも通りに微笑む……ように見えて、その実ほんのちょっと歪んでいる。隠しきれずひきつっている。

 あなたは何でもないような仕草でひっこめた手をもう片手で撫でた。恋に似たそれは本当は嫌悪感だった。

 立ち去ろうとするのに気づかないふりをして「偶然だね」と笑いかける。

 こうしたらあなたは会話をしなくてはならなくなる。真面目でいい子ちゃんなあなたはクラスの誰にも冷たくできない。話しかけられたらお喋りしなきゃいけないと自分に言い聞かせている。

 図書館の静けさを破らない程度の囁き声の会話。あなたのつまさきはずっと出口のほうを向いていた。






3/30/2023, 1:05:18 PM