恋人を、行き先は内緒で連れ出すのが好きだ。
相手をびっくりさせて喜ばせたい、なんて殊勝なことは考えてなくて、どちらに向かえばよいかわからない彼女の手を引きたい。そんな自分本位な思いでいる。もっと情けないことを言うと、そうやって必要だからと理由付けないと、彼女の手も取れない男なのだ。
動きやすい格好の方がいいのか、ちょっとフォーマルな服装の方がいいのか。そういう最低限の情報しか伝えない自分に、優しい恋人は次はどこに連れて行ってもらえるのか楽しみだと、柔らかく笑ってくれる。
今日も、待ち合わせ場所に現れふうわりと微笑んだ彼女が、とても素敵で、とても魅力的で。自分の恋人だというのになんだか無性に恥ずかしくなってしまい、言葉数少なく、手を取って足早に歩き始めた。
こんなに素晴らしい人がどうして自分と付き合ってるのだろう。恥ずかしくて、それでも嬉しくて、昂った気持ちでずんずん突き進んでゆく。
進む方だけを睨みつけている自分に、彼女の顔なんて一つも見えやしない。
赤信号で一度立ち止まると、少しだけ周りも見えてきだした。ざわざわと、どうにも騒がしい。それに、周りの皆が自分たちを見ている気がする。
「どうしたんだろうね」
訝しみ、彼女も不快だろうと流石に声を掛けて振り返る。
「あ」
しまった、繋いだ手だけを連れてきてしまった。
3/21/2025, 2:37:24 AM