シャワーを浴びていると時々、いつか自分という存在に死がもたらされて消えてしまうことが、酷く恐ろしくなってしまうことがある。
『あのねぇ、だからって電話する? もう一時過ぎてるんだけど?』
「すみません」
眠れなくて車を走らせて、思いつくままにサヤさんに電話をかけた。それがどれ程非常識なことだったかは、コール音を聞いている途中に気がついた。
『それで? 私はどうすればいいわけ?』
「話し相手になってくれれば、それで大丈夫なので」
後続車なんていないのに、ウィンカーを出して左折する。
『ん? 今車乗ってんの?』
スピーカーにして通話をしていたので、ウィンカーの音を拾ったようだ。
「目的地はないですけどね」
『じゃあ、いつものコンビニ来てよ。私も乗せろ』
「分かりました。向かいます」
サヤさんは免許を持っていないので、たまに大学から家まで送ったりしている。いつものコンビニというのは、彼女を降ろしているコンビニのことだった。
二十分程走らせて件のコンビニに到着すると、サヤさんは既に喫煙スペースのところで待っていた。ダメージジーンズに黒地のTシャツで、うっすらとメイクもしているようだ。左手には、煙草が挟まっているのが見えた。
サヤさんはこちらに気づくと、まだ長い煙草を円筒型の灰皿へと押し付けて消した。
「早かったな」
助手席でシートベルトを締めながら、サヤさんはそう言った。
「いえ、待たせてすみません」
車は一台しかなかったので、駐車場を大きく使ってコンビニから発つ。
「悩みでもあんの?」
しばらく無言で車を走らせた後だった。特にこちらを見るでもなく、サヤさんはフロントガラスをぼんやりと見つめている。
「悩みというか、ほんと偶に、死ぬの怖いなーって、なんとなく思ったりするだけです」
「死ぬのが怖いのは、生きるのが楽しい証拠だろ」
「ポジティブですね」
こころなしか、アクセルを踏む力が強まる。
「煙草吸えば? 結構いいよ。お前が吸えば私も車で吸えるようになるし」
サヤさんはジーンズのポケットからくしゃくしゃの箱を取り出した。中から、慣れた手つきで煙草を出現させる。
「吸いませんよ。サヤさんも、煙草やめたらいいのに」
健康に悪いし、時代も逆風だ。
「煙草以上にいいストレス発散って、意外とないんだよな」
「運動とか?」
サヤさんは海外のスタンドアップコメディよろしく、肩を竦ませた。
「煙草って、結構味がいろいろあるんだよ。私が吸ってるのはマイルドで甘い」
「へー」
「興味ある? 吸う?」
「吸いません」
見慣れた道路を直進しようとしたところで、助手席から路駐しろと指示が飛んだ。理由を問うても返事がなかったので、とりあえず縁石に沿って車体を近づけていき、ハザードランプを焚いた。
一体何が目的なのかと隣を見ようとして、ガチャりとシートベルトが外れる音が聞こえた。それを認識した時にはサヤさんとキスをしていた。デパートの化粧品売り場に足を踏み入れた時みたいな、クラクラした感じが頭に広がる。
「甘いだろ?」
「この場合、受動喫煙になるんですかね?」
「この場合はキスになるんだよ。バカ」
現実逃避だよ。と、サヤさんは投げやりに言った。なんとなくもう一度キスをして、何かから逃げていくために、車をまた走らせた。
2/27/2024, 3:17:27 PM