紅月 琥珀

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 私は恋バナが嫌いだ。厳密に言えば恋心に恐怖を抱く。
 それは幼い頃のトラウマが原因で、それ以来私は恋愛に関する事を遠ざけるようになった。
 高校生になった今でも、正直怖いけど⋯⋯恋バナとか恋愛系ドラマの話とか、女子の好きそうな話のネタはしっかりおさえておかないと友達付き合いは難しいから―――またあの地獄の日々を過ごすのが嫌で、日々恐怖を抑えながらそう言った情報を仕入れていた。
「ねぇ、美智はあんまこういう話しないけどさ? なんかないの? 好きな人とか気になってる人とかさ!」
 放課後の教室で支度しながらこれからどこ行こうと相談してて、話が脱線し結局恋バナになって教室の一角で長話していた時だった。
 1人の友人がそう私に振ってくる。
「話をしないって言うより出来ないだけだよ。好きな人も気になる人も今のところいないから」
 そう返すと「えぇ~、ちょっとくらい良いかもって思う男子くらいいるでしょ?」とか食い下がられて、もう正直怖すぎて頭が真っ白になりかけてた。
 どうしてそんなに聞こうとするの?
 大丈夫だよ。あなたの好きな人なんて私好きにならないから、安心して攻略してください!
 心の中で念じたところで相手に通じる訳もなく⋯⋯どう返答しようかと悩んでいると「黒須さん」と呼ばれ、そちらに向くと同じ委員会の葉桐君がいた。
「話してるのにごめんね。今日担当の子が休みだから、急で悪いんだけど委員の仕事やってもらえないかな? でも、無理なら断ってくれて大丈夫だからね」
 申し訳なさそうに言う彼。私は友人達に向き直るとごめんと謝って委員会に出ることにした。
 そういう理由ならと快く送ってくれた事に安堵しつつ、彼と図書室へと向かう。
 図書室につくと担当しているはずの子が誰一人居なくて、2人共休んだのかと驚いたが⋯⋯荷物を置いて早速仕事に取り掛かる。
 今日は確か新刊が入る日だから、それを処理すればいいのかなと思い、とりあえず図書準備室に入り新刊を確認する。
 結構な量がありこれは1人だとキツイだろうなと、あの時教室に残ってて良かったと心底思った。
 多分1日では終わらないだろうけど⋯⋯1人で捌くよりかは幾分かマシだろう。そう思いつつ私は早速新刊処理をしていく。彼も同じ様に作業しているがちょくちょく返却と貸し出しに呼ばれるので、手が空いた方が対応しつつ黙々と作業し続けた。

 気付けば下校時刻になっていて、結局終わらなかったけどそれは明日の担当に任せてさっさと戸締まり確認して荷物を持ち図書室の鍵を閉めて鍵を返却し学校を出る。
 その間も私達はあまり会話せずにいたけど、自然と一緒に帰っていることに気付く。
 そういえば、葉桐君って帰り道こっちだったっけ?
 と少し疑問に思っていたら彼から話しかけられる。
「今日はいきなりだったのに、手伝ってくれてありがとう。もう遅いから送っていくよ」
 流石に暗くて危ないからね。
 そう付け足した彼の言葉に甘えることにする。正直、いくつになっても暗闇は怖いのだ。これもトラウマのせいなのだけど⋯⋯なるべく明るく賑やかな通りを行くようにしていても、家の周辺になると住宅街の為、人通りは減ってしまうからとてもありがたかった。
「こっちこそ、あの時正直返答に困ってたから話しかけてくれて助かったよ。それに遠回りになるのに⋯⋯ありがとう」
 そう返した私に少し悩むような素振りを見せた彼。
「⋯⋯こういう事ってあんまり聞かない方が良いと思うんだけどさ。黒須さんは恋愛の話とか苦手なのかなって思って、本当は急ぎでもないし1人でやろうと思ってたんだけど、偶々通りかかった時に困ってそうだったから話しかけちゃったんだ」
 少し申し訳なさそうに困り顔で笑う彼を見て、私は何となくこの人になら話しても大丈夫かも知れないと思い、かい摘んでトラウマの事を説明した。
 昔、友人達に無理矢理好きな人を言わされて、それがリーダー格の好きな人と被ってたらしくて酷いイジメにあった事。
 その時に暗いところに閉じ込められたことがあり、少し夜が怖い事もその時から恋心を抱くのも抱かれる事も怖いのだと。
 彼は真剣に聞いてくれて「そんな事があったら確かに怖くなると思う」と私の心に寄り添ってくれる。
 はじめてそんな風に言ってもらえて、それだけで嬉しくなった。
 だからだろうか?
 いつもなら絶対に思いもしない言葉が自然と口をつく。
「いつかこの記憶が風化して、私もちゃんと誰かを好きになれれば良いんだけどね」
 そう自嘲気味に笑う私に「全ての人がそういう酷い人ばかりじゃない。だからきっとそういう日が来るよ。案外近い内に来るかも知れない」と最後は少し冗談めかして言ってくれた。
 そうこうしている内に家に着いていて、私は彼にお礼を言い「気をつけて帰ってね」と伝えて家に入った。

 後日学校に行くと先日恋バナで食い下がってきた友人に謝られ、私の事情をなぜ知っているのかと疑問に思っていたら、なんと葉桐君は彼女の幼馴染である事が判明。
 その時になぜ恋バナをさせたがったのか理由も話してくれて、今度は私が赤面する事になる。
「お! その反応は満更でもない感じかな? 幸也に報告しとこうっと!」
 なんて嬉しそうに、けれど悪戯が成功した子供の様に無邪気にはしゃぎながらスマホでメッセージを打つ彼女に、小さな抗議をする事しか出来なかった。

5/21/2025, 1:11:53 PM