藁と自戒

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鼻を掠めるのは少し沈んだ空気と清涼感のある消毒液の香り。遠くの窓際に生けられたキキョウも微かに香る。聞こえるのは点滴が1粒ずつ落ちる音、心電図モニターの電子音、等間隔で聞こえる音は嫌でも私に時間を意識させる。あと、どれほど。ここに来て、なんども考えた疑問を頭上に浮かべ、ゆっくりと泳がせてみる。思考の波に揺られて、しばらく進み、そのうち、風は、ぴったりと止んだ。凪だ。しーんと静まり返った船上で、私は空を眺める。ウミネコが悠々と羽ばたきながら、私に語りかけてきた。いつまでも、生きるといいよと。私はなにも返答をしなかった。ただ、気持ちよさそうに空を泳ぐウミネコを、羨望の眼差しで眺めていた。ガチャり、と勢いよくドアが空いた。採血の時間らしい。急に意識を取り戻したからか、上空数十米から落下したように感じた。身体が重く、動かない。辺りは、病室の重っ苦しい空気が充満し、息を吐くと呼吸器が白く曇った。看護師が血を抜いてるらしい。左腕がさっと冷え、数秒後にはまた血の流れるのを感じるかのように、温かくなる。潮の香りは遥か遠く、私の船出はまだらしい。

#病室

8/2/2023, 11:15:34 AM