真夜子

Open App

不老不死の鈴夜さん
『柔らかい雨』

   文字通りの柔らかい雨は本当にあるのよと、不老不死の鈴夜さんが言っていた。
「あれは大正の終わり頃、えっと下野国……今の栃木県のある村での事よ。秋の頃に雨が降り続いた夜更けに『狐の嫁入り』を見たの」
「夜に狐の嫁入り、ですか?」
 僕は月夜の晩に降る雨を想像した。
「あら、狐の嫁入りは何も晴天の雨とは限らないのよ。でね、はるか遠くの林道に赤い灯が5か6つ、ポウッと灯ったら、次の瞬間には数えきれないほどの灯りがパッと灯って、増えたり減ったりしながらチカチカと明滅して電飾みたいに舞っていたの。蛍では無いのよ、動きがね……全然違うんですもの」
 身振り手振りで、振り子のように揺れ動く灯りやグーパーで点滅を表しながら、鈴夜さんは説明してくれた。
「その時一緒に見たオババは『ホレ、鈴の音がシャーンシャンってするべ、狐の嫁入りだがら、余り見るんじゃねぇ、化かされる』と教えてくれたんだけど、自分には鈴の音は聞こえなかったのよね」
 鈴夜さんはそういうと、ボンボ二エールからリキュールボンボンを一つ摘まむと口に放り込んだ。
「あの夜の雨は、白狐の毛並みみたい細くて、銀に輝く毛並みのように柔らかな雨だったわ。肌を刺すような冷たさも無くて、暖かいくらいだったの」
 言い終えると、鈴夜さんは頬杖をついて窓の外を眺めた。
 換気にと明けられた窓から、どこからか微かにシャンシャンと鈴の様な音がしている気がする。
「最近の雨は、人を打ってばかりで優しくないものね……」
 そうぽつりと呟くと、彼女は何かを懐かしむように目を閉じた。

11/6/2022, 7:59:09 PM