糸井

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…寒い。
凍てつく空気に容赦なく吹き付ける風。痛む手と震える膝。疲れた身体に追い討ちを掛けられる。こんな日は暖かい我が家に一刻も早く帰るのが最善だ。

すぅっと空気を吸い込み、少し早足で心細い街灯を頼りに歩く。親愛なる彼はもう家に着いているのだろうか。いつもは私の方が遅いけれど、今日は早く上がれたから。もしかしたら先に着くかもしれない。そうなったら私が料理して待っていようかな、だとかそんな思考が白い息と共に浮かんでは消えてを繰り返す。

びゅうっと一際強い風が吹いた瞬間、思考も息も全てが霧散し一気に現実に引き戻された。そして、突然開けた視界の奥に、信号待ちをする彼の姿を捉えた。

私は気づけば走り出していた。寒さも痛みも何にも感じなくなって、ただただ眩い光を、瞬く光を、ただひたすら風と共に追い掛けて。途中で気づいた彼の驚いた顔がこの上なく愉快で。満たされて。そんな勢いのまま抱き着いたら、人生で一番の暖かさを感じて。

「あぁ、私って幸せなんだな」

と呟いて彼を見上げると、ふんわりと頬を緩ませて、私の乱れた髪を直しながら

「僕もね、君のおかげでずっと幸せだよ」

なんて言葉が降ってくる。私は貴方と、貴方のいるこの世界が何よりも大切で愛おしい。照れと寒さとできっと私は赤く染まっているんだろうな。


一人の時よりもゆったりと、二人は光と熱とを帯びたまま、明るくて暖かい道を帰っていった。


『追い風』

1/7/2025, 12:36:25 PM