私は誰か
たぶん、誰でもない
ある時より前の一切の記憶がないけれど、記憶喪失ではなさそうだった
私はあの瞬間、誕生したのだ
古びた家の、ベッドの上で
そんな確信があった
鏡で見た自分の見た目は、10代半ばくらいか
生きるための最低限の知識は、最初からある
だからここまで、なんとか生きてはいけた
私は今に至るまで、目的もなくなんとなく生きている
なぜあんな生まれ方をしたのか、全くわからない
それでも、私は気にしないようにして、気ままに世界を旅して回っている
様々な人との出会いと別れと再会を繰り返して
旅を続けてどれくらい経っただろう
少なくとも20年は旅をしていると思う
私の見た目は変わらない
きっと、そういう存在なのだ
生まれてから死ぬまで、ずっと同じ姿
旅の途中、ある村に迷い込んだ
このあたりに来たことはあるけど、こんな村があったとは知らなかった
村人によると、この村は限られた者しか入れない聖域のような場所なのだそう
私はどうやら、その限られた者だったようだ
村人に案内され、村長のもとへ向かう
村長は私を見るなり目を見開いて驚いた
村長は、私という存在について語る
私は、村の中にある神殿で祀られる神に、世界の姿を見せるために生み出された存在で、たくさんの思い出が積み重なった時、神殿へ行き、神に見てきたものを報告する役割を持つのだという
なら、その神に早く報告をしに行こう
私はなんとなく、自分がソワソワするのを感じた
自分の心が神殿へ行きたい気持ちに支配されているようだ
本能のようなものだろうか
私は村長に連れられて、神殿へと向かう
神殿の中には私ひとりが入る
神は現れない
しかし広間の真ん中へ進んだ時、一瞬のうちにこれまでの思い出が頭の中を駆け巡った
これが、神への報告ということなのだろう
直後、この神殿の神が、私の願いをひとつ叶えると言った気がした
それが、旅してきたご褒美ということなのだろう
迷うこともなかった
私の望むことはひとつ
これからもいつまででも、この世界でずっと旅を続けさせてほしい
願いは叶えられた
目に見えて何か変わったわけではないけど、確かにそう感じる
きっと私は、何十年、何百年でも旅を続けられる存在になったのだと思う
私は旅が好きだ
だからこれからも、とても長い人生で旅をし続けたい
10/3/2025, 11:50:19 AM