【星空の下で】
男は必死に駆けていた。いや、もう足音は聞こえない。自分の荒い吐息ばかりが聞こえる。
「あーくそ」
悪態が口をついた。
組織というにはあまりにも小さな、それでも悪い奴らの寄せ集めの一人。男はその一人だった。組織に十年所属して、他の奴らがなんだかんだと手柄を立てて肩書きがつくのを、まぁいいことじゃないの、と祝うばかりの十年だ。それでも自分が何の役にも立っていなかったとは思っていない。世話役の世話は自分がやってきたわけだし、倉庫番だって何度もしてきた。鉄砲玉にもなったし、アガリの回収に回ることもあった。
だから、まさか飲み屋でたまたまちょっと意気投合した相手が警察官だった、って、たったそれだけのことで情報を漏洩したと糾弾されるとは思わなかったのだ。散々喋って最後に「実は俺警官なんですよ、明日も早いんでそろそろ」と席を立って行ったのだと、それを話しただけだったのに。
「くそー……」
その悪態がか細くなっていく。なの悪いのは、どうやら自分がこれを機会に厄介払いされたということだった。今の組織はリーダーを筆頭に、ほぼ年功序列だ。つまり、リーダーが最年長で、その下にもう少し年下が、下っ端たちはもっと下、という構造になっている。自分だけが、イレギュラー。それで何かの役職を男に与えるという選択はなかったらしい。あれだけ色々やってきたのに、この始末か。
追っ手がもう来ていないのにも腹が立つ。逃げる間際、「どうせ何も知らせてない」と言われたのが悔しさを何倍にもしていく。つまり、信頼を得ていたと、それなりの仕事をさせてもらってると、そう思っていたのは自分だけだ。「それくらいしかできない、年功序列と言いたいのに邪魔で無能な年長者」、そう言われたに等しい。些かの被害妄想はあれど、そういうことだ。
足が止まる。散々使った見つかりにくい路地裏を抜けて、走って、知らない街も駆け抜けて、郊外に出ていた。まっすぐな道に沿って、ぽつぽつと民家があって、バカでかい駐車場のあるショッピングモールがあって、その向こうに、うっすらと街灯に照らされた畑や山が見えている。
「くそ〜……」
男は情けなくべそをかきながら、空き地に大の字になった。何にもならない十年だった。何にもならないまま十年過ごしただけだった。のしあがるような野望はなく、仲間と言ってくれた奴らの望む働きをし、組織に必要な若い奴らを育ててきたのに。
ひとしきり泣いて目をこする。満点の星が浮かんでいた。
「……なんか、バイトでもするか……」
幸いにして身分証は持っているし、少し手持ちもあった。今更まっとうな職に就けるかわからないが、やるだけやってみるしかない。ただ、今はもう少し、名前も知らない星を見上げていたかった。
「親分もバカだよね」
「うるさい」
「大好きならちゃんとなんか役職にしたやらよかったんよ」
「うるさい」
「巻き込んだ責任感で手放したいなんてさ、本人がこっちやりたがってんだから」
「黙らせるか」
「やれるもんならやってみなよ、金庫開かなくなるぞ」
♡700ありがとうございます。短期間で増えてびっくりしてます。
4/6/2026, 3:29:16 AM