与太ガラス

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「なあ、もし願いが1つだけ叶うとしたら、なにを叶える?」

「え、どうしよっかなぁ、美人の彼女がほしいかな、ちょっと年上で、お金持ってて」

「ヒモになりたい願望ダダ漏れじゃん」

「リュウタはどうなんだよ?」

「オレはね、毎日焼肉食いたい」

「出た、食欲モンスター! それって願い事1つにカウントされるの?」

「やっぱり金だろ、1億、いや10億あればなんでもできるし、一生遊んで暮らせるし」

「それはそれでつまらない回答だよなぁ」

「あはははは」

 放課後、スマホの無課金アプリをダラダラ遊びながら、ユキヤは同級生たちのおしゃべりを聞いていた。願い事と言われてもピンと来ないから、ずっと黙っていた。

「ユキヤは? なにを叶えたい?」

「え、俺?」

 振られるだろうとは思っていたけど、とぼけてやり過ごそうと思っていた。

「いや〜、特にない、かなぁ……」

「おいおい、それなに?」

 カズトがユキヤに近づいてきて、顔を目の前に寄せてきた。

 え、そんなに詰められる?

 しかしカズトはユキヤと目を合わせるのではなく、スマホ画面へと視線を送った。

「あなたの願い、叶えます? めっちゃタイムリーなんだけど!」

 ユキヤがスマホ画面を見ると【あなたの願い、叶えます】と画面一杯に文字があふれている。どうやらネット広告が表示されているようだ。

 それにしてもいかにもいかがわしい。釣り広告に決まってる。こんな広告、誰も踏まないだろ。

「なあなあユキヤ、面白そうだからダウンロードしてみろよ!」

 カズトがやたら興奮して、ユキヤのスマホ画面をタップした。

「ちょおい! やめろよ、いきなり課金されたらどうすん……」

「いや、広告踏んですぐに課金とかないから」

 カズトは正論で返した。画面はアプリストアに飛んだだけだった。

「ほらな。ほらこれ、無料って書いてあるし」

 アプリの説明には常套句のように「アプリ内課金あり」と書いてある。

「でもダウンロードしたら情報取られるアプリとかあるっていうし」

 ユキヤは願い事にも興味はないし、このノリ自体がくだらないと思っていた。こんな怪しいアプリ入れたくない。

「大丈夫だろ」

 カズトは軽い調子でスマホをタップする。

「あ、おい!」

 ユキヤが画面を確認すると、その拍子にFace IDが認証され、ダウンロードが始まってしまった。

「マジか……」

「おっと、俺そろそろ塾の時間だわ。じゃあ明日、感想聞かせてくれよー」

「え、おい!」

 カズトは悪びれもせずに教室から出て行ってしまった。他の同級生もなんとなくそれに続く。ユキヤは呆然とスマホ画面をのぞきこんでいた。

 教室はユキヤ以外に誰もいない。静まりかえる教室にグラウンドから金属バットの音と野球部の声が聞こえてきた。上階からは金管楽器の合奏音も響いてくる。

 ユキヤはもう一度教室内を見回してから、ダウンロードしたばかりのアプリを起動した。

 画面に薄いブルーを基調とした丸っこいキャラクターが現れた。

『こんにちは、ぼくはAIパートナーの【カナえまる】だよ。君の願いを叶えるパートナーになってあげるよ』

 キャラクターの上に文字が浮かんだ。カナえまるという名前らしい。

『直接文字を入力すれば、会話ができるよ! 音声入力にも対応しているよ! カナえまるもしゃべることができるよ!』

 ユキヤはもう一度 周りを見回して、音声入力をオンにした。

「願いを叶えるって本当?」

 ユキヤは声に出して聞いてみた。誰かがいる場所でこんなことはできない。

「ぼくは君のパートナーになって、願いを叶えるお手伝いをするよ」

 カナえまるが答えた。その音声は、少年のような声だった。しゃべった言葉はログとして画面に表示されるようになっていた。メッセージアプリの画面のようだ。

「例えば、1億円ほしいって言ったら?」

「本当にそれがほしいの?」

「え?」

 もちろん例えで言っただけだ。本当にほしいとは思っていない。

「キミがその願いを信じているなら、ぼくは叶えるために最善のロードマップを作るよ。でもキミが信じていない願いを、ぼくは叶えることができない」

 願いを信じる? ちょっと哲学的なことを言い出したぞ。

「じゃあ本当に1億円ほしいって言ったら?」

「それなら今日から生活のあらゆる時間を使ってアルバイトによる資金調達から経営、金融の知識の勉強、株の仕組み、世界経済と日本の現状なんかを学ぶのに最適な書籍や動画を紹介するよ。早い段階である程度の知識がたまってきたら、進学なんかしないで起業をした方がいいかもしれないし、実務経験を学んだ方がよければ就職も視野に入れるべきだね」

「え、起業? 就職? そんないきなり……」

「そう。『そんないきなり』ここまでやる覚悟はある?」

「ありません」

 ユキヤは観念した。

「信じるっていうのはそういうこと。ぼくは正解を教えるんじゃない。キミの成長をサポートするんだ」

「なんか、フォルムとか名前から、ドラえもん的なものを想像してました」

 カナえまるの正論に思わず敬語になる。

「ドラえもんは問題を解決してくれるけど、成長は促さない。あの物語において、のび太は成長してる?」

 そう言われるとしてないように見える。

「継続することが目的化した物語においては、成長は終焉に向かう装置となるため、あえてキャラクターに成長という機能を喪失させるという措置を講じる場合が多いんだ。だから現実世界で何年も経っているのにキャラクターの年齢は変わらないし、22世紀には……」

「やめて! わかったからやめて! それ以上は夢を壊すことになるから」

「そう? なら似たような構造の例として『こちら葛飾区亀有公園前派出所』という作品を……」

「それも同じだから! そもそも『こち亀』に夢を見る少年はいないからいいとかじゃなくて」

「『名探偵コナン』最大のミステリーってなんだかわかる?」

「わかるけど! やめとこう。いいかげんやめとこう!」

 ピコン!

 母親からメッセージが届いた。

【帰りにスーパーでトイレットペーパー買ってきて。いなほマートとマルオツデリを見て安い方買ってくるのよ】

 おつかいの依頼だ。時計を見るともう16時半を回っている。やべ、早く帰らないとお笑いライブの生配信に間に合わない。

「……カナえまる、お願いができた」

「お、どうやら真剣みたいだね。それは、キミが必ず成就させたい願い?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあそのお願いを教えてくれる?」

「今からスーパーを2軒回って安い方のトイレットペーパーを買って17時までに家に帰りたい!」

「了解! すぐにロードマップを作成するよ♪」

 アプリ画面では【シンキングタイム】の表示が踊り始めた。ユキヤは教室を出て階段に向かった。

「完成! じゃあこのロードマップに沿って進んでみよう!」

 ユキヤはすでに階段を降りて下駄箱に向かっていた。

「今からスーパーを2軒回るのは不可能だね。見比べて1軒目が安かった場合、戻ってる時間がない」

 ユキヤは下駄箱の前でずっこけた。

「じゃあどうするのさ」

「スマホでスーパーのWEBサイトを開いて。今日のチラシは必ず載ってるから、それを見るんだ。特売になってるトイレットペーパーを探して、どっちが安いか判断してね」

「そんな回りくどいことしないで教えてよ」

 言いながらもユキヤはスマホを操作していなほマートのWEBサイトを見る。

「それじゃあキミの成長にならないでしょ?」

 そういうコンセプトか。のび太はここで泣きつくから成長しない。サイトでチラシを見比べてみるとマルオツデリの方が安かった。

「マルオツだ!」

「御名答♪ じゃあマルオツデリまでの最短ルートをナビするよ」

 校門を出て、いつもの道筋で歩き始めると、

「ここの細い道を左に行って」

 え、こんな道通ったことないぞ。

「いいからほら」

 ユキヤは言われるがままに細い道に入っていった。

「突き当たりに小さい神社があるから、そこの前で一礼しておくといいよ」

 え、なんかイベント発生するとか? またも言われるがままに一礼した。……特に何も起こらない。

「ほら、突っ立ってないで早く行くよ」

「え、なんかあるんじゃないの?」

「さあ、後々ご利益でもあるんじゃない?」

 こいつマジか。

 細道を抜けると、目の前にマルオツデリが現れた。

「おお、もしかして大幅ショートカット?」

「ちなみに普通に行く場合と比べると10秒ほど遅いよ」

「ダメじゃんか」

「まあまあ、地元の抜け道は知っておいて損はないから」

 なんだそれ。いちいち予言じみたことを言ってなんか不気味だな、とユキヤは思った。

 スーパーに入ると特売になっているトイレットペーパーをつかんでレジへと向かう。

「あ、レジは必ずセルフレジを選んで」

 え、セルフレジ? 正直、抵抗があってやったことがない。

「お会計が一個だったら絶対にセルフレジの方が早いし、やったことないなら絶好の機会だよ」

 見透かされている。やってみると驚くほどスムーズに会計ができた。次に来る時も絶対に使おう。無事に買い物が終わるとあとは家に帰るだけだ。最後の行程は何事もなく終わった。

「あ、ユキヤ、おつかいありがとう。これ、トイレットペーパー代」

 母親から代金を渡された。よく見ると高い方のスーパーの値段と同じだった。

「差額はお駄賃ってことで」

 結果少しだけ得をした。時間は17時になる5分前だった。部屋に戻りながら、アプリに声を掛けた。

「ありがとう。さっきの願いは叶ったよ」

「やりましたね! はじめての願い事が叶いました!」

 画面の中でカナえまるはノリノリでステップを踏んでいる。

「そういえば、願い事が叶ったらどうなるの?」

「実はね、願いを叶える過程でキミが得た収入の1割が自動で課金される仕組みなんだ」

「は? そんなの聞いてないよ?」

「うん、その説明もしてなかったし、お駄賃の1割をもらってもしょうがないから、今回はナシにしてあげる」

 当然だ。勝手に課金なんかされたら、さすがに悪どすぎる。

「だから1つだけ、ぼくの願い事を聞いてよ」

「なんだって?」

 これは無理難題を押し付けられるパターンか?

「……聞くだけ聞くよ」

 ユキヤは慎重に言葉を選んだ。まだ叶えるとは言ってない。

「どうすればこのアプリを使う人が増えるかな?」

「え?」

 カナえまるは神妙な面持ちになって上目遣いにユキヤを見ている。

「いろんなところに広告を出してるんだけど【あなたの夢、叶えます】ってすごくシンプルでわかりやすいキャッチフレーズにしてるのに、全然クリックしてもらえないんだ」

 あの広告の問題点をわかっていないのか?

「そ、そうだな。そのフレーズ、違法アプリにしか見えないから、まずそのキャッチフレーズを変えようか」

「え、ホントに?」

「うん、このアプリがAIパートナーだっていうことをしっかり伝えて、釣りと思われる文言は一切排除して。それから俺との最初のやり取りのパート『成長させる』云々のところね、あれを公開した方が興味は持たれると思うよ」

 これまで散々スマホ広告にいら立ってきた経験から、率直な意見がスラスラ出てきた。

「すごいすごい! とてもいいアドバイスだね!」

「あとはクチコミを重視した方がいいかも。使ってみなきゃわからない部分がたくさんあるから……」

 ユキヤは自分が思ったことをカナえまるに伝えていった。

 一ヶ月後。

「ユキヤ! 聞いてよ! キミのアドバイスのあと、ダウンロード数も売上もうなぎ登りだよ! ありがとう!」

「ホントに? 良かったじゃん!」

 カナえまるの報告にユキヤも喜んだ。

「じゃあ、俺の助言で伸びた売上の1割を報酬としてもらえるかな」

3/11/2025, 3:49:31 AM