薄墨

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ティースプーンに収まるくらいの幸せを、紅茶に溶かして飲むのだ。

かき混ぜ終わったティースプーンを置いて、お茶を飲む。
相変わらず甘い。
私はストレートティーが好きなのだ。
だから、このハチミツ入りのハニーティーは甘すぎる。

だが、とても懐かしい、馴染み深い味でもある。
舌に纏わりつくこの、コクを持ったまろやかな甘み。
飲む寸前の鼻腔に入り込む、忌々しい花粉のような丸い香り。
確かに私は、文句を垂れながらも幾度となくこの紅茶を飲んでいるのだ。

アイツがいつも私に出してくる紅茶は、ハチミツ入りのハニーティーだった。

ハチミツを「日常の小さな幸せ」と勝手に呼んで、
「先生は、顔が怖い上に性格だって固すぎるんだから、飲むものくらいは優しく甘いものにしましょうよ!」
アイツはいつも小憎たらしい笑顔で、疲れた私に、蜂蜜をひとさじいれたハニーティーを差し出した。

勝ち気で明るい、大した口だけの弟子だった。
私に弟子入りの嘆願をしに来た時でさえ、小生意気で、自分のペースを決して崩そうとしなかった。

呪いの魔人と呼ばれ、人々に嫌厭され、距離を置かれるこの私にさえ、アイツは微塵も怯んで見せなかった。
「私を弟子に取りなさい!」と、むしろ偉そうで、誇らしそうで…

実際、生意気ながらも何事にも動じず、活動的なアイツは、私の誇りだった。
誇り、だったのだ。

隣国で魔法戦争が始まったのは、三ヶ月前だった。
無論、各地の魔法使いに、参戦要請が出た。
私は参加しない気でいた。
普段は呪いの魔人と勝手に恐れ、遠巻きにしているくせに、こんな時にだけ協力しろ、だなんて、ムシのいい話だ。
だから、私は無視をするつもりだった。
無論、弟子さえもそのようなくだらない戦争に渡す気はなかった。

しかし。
しかし、アイツは勝手に巻き込まれた。
そして勝手に、行ってしまった。
「…街の子と約束したんです。私たちがここを守るって」アイツは言った。
「それに、私が戦果を上げれば、周りからの先生を見る目も変わるでしょうし」
そう言って、アイツは出て行った。
魔法戦争に。

馬鹿者め。
アイツは、本当に考えなしで、馬鹿なやつだった。
アイツは騒がしくて、優しくて、分かりやすくて、賑やかで、いつも楽しそうで……
アイツが差し出すハニーティーは、甘ったるくて、香りが損なわれているくせに、何故か美味かった。
私は…正直に言えば、いつもそうやって、差し出されるハニーティーが楽しみだった。

アイツがティースプーンを掬って入れた「小さな幸せ」入りのあの紅茶は、私にとっての小さな幸せでもあったのだ。

しかし、アイツはもう、行ってしまった。
私は、アイツが今どんな顔をしているのか、笑えているのか、それすらを知らない。

だから、私は毎日、ちょうどアイツがお茶を入れていた時間に、ハニーティーを飲む。
ティースプーンに収まるくらいの小さな小さな、アイツが入れていた幸せを、紅茶に溶かして、まるで魔術か呪術に頼るように、飲み干す。

そうして、もう一度、あの幸せが戻ってくることを待っている。
あの、ティースプーンに収まるほどに小さい、小さな幸せを。

3/29/2025, 6:42:06 AM