白眼野 りゅー

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 ねえ、知ってる? 人は人の存在を、声から忘れていくんだって。

 ……じゃあ、君が死んで一ヶ月が経った今、君の声を覚えているのはもう僕だけかもしれないね。


【最後の声を鮮烈に】


 そっとカーテンを開けると、外は既に夜だった。少し風があるのか、木の枝がゆらゆら揺れている。たまには窓くらい開けた方がいいのかなあ、と不意に思う。もう何日連続で外の空気に触れていないだろう。

 ベッドから降りる。半端に中身の残ったポテチの袋を踏んづけてしまって、それなりに不快だ。台所までごみを足で掻き分けて進み、コップに水を注いで飲んだ。使い終わったコップはタコ部屋のような状態のシンクに無理やりねじ込む。

 最愛の君がいなくなってから、気づけばこの部屋は僕が住んでいるのかゴミが住んでいるのかわからないような状態になってしまった。

 君からもらった最後の声を、必死で思い返す。それによってトラウマがぶり返し、さらに部屋が荒れることになるとしても。僕が忘れるわけにはいかない。この世から、君の声を覚えている人がいなくなってしまう。それだけは駄目だ。

 目を閉じて、君が僕にくれた最後の声を思い起こす。僕にとって、それが一番取り出しやすい、君の声に関する記憶だ。

『嫌っ、殺さないでっ……!』

「……忘れられるわけ、ないか」

 再確認する。あんな、生涯解けることのない呪いじみた声、忘れたいと願ったって忘れるはずもない。君の首を絞めた手の感覚を忘れても、きっとこれだけは忘れない。

 全ては、僕が君の声を覚えているこの世でただ一人の存在になるため。君の最期の声を独り占めするため。

 そのために、「計画通り」心を病んだんだから。

 生きている君が僕なんか気にも留めなかったのと同じくらい当たり前に起こる、忘却という自然の摂理に抗うため。そのために僕は、今日もゴミ山に埋もれる。

6/27/2025, 8:29:37 AM