最近この辺りに引っ越してきたという彼女は、僕によく話しかける。図書館の利用者にとって司書という存在はNPCに等しいだろうに、愛想が良いわけでも面白い話ができるわけでもない僕にわざわざ。
最初は軽い雑談から始まり、次第に会話の時間が伸び、本の趣味を聞かれるようになった。貸出予約された本を取りに本棚の隙間を進むとき、返却された本を棚に戻しているとき、彼女は僕の姿を見つけると小走りで近づいてくる。その様が家で飼ってるコリーに似ていると思ったときから惹かれ始めたのかもしれない。十五も下の女性に抱く感情としては相応しくない気もして後ろめたく思ってはいるが。
オススメの本、ありますか?
やけに楽しそうに聞く彼女に、何冊本を渡しただろうか。確か最初に渡したのはツルゲーネフの初恋だ。それからも夢のような恋の話から捻れた狂愛の話など、愛を題材にしたものを多く勧めて、たまにはただ単に好みな本を勧めたりもした。彼女が好きそうな話だと思った本のタイトルはメモに控えて、棚に並んでいるか確認するようになった。
声にする度胸すらない、とんだ意気地無しだと自分でも呆れて笑ってしまう。
『愛を叫ぶ。』
5/11/2023, 2:38:58 PM