【命が燃え尽きるまで】
――最低だ、私……。
――なにやってるんだろう……。
……
…………
仕事が終わるなり、すぐに走って帰ってきた。
そして、家に着くや否やこの部屋に直行して……
「…………」
(ああ、死んでる……)
部屋の片隅に設置していた、小動物用の小さなケージ。
その中で、うさぎのルナが力尽きていた。
この体勢で目を閉じて眠っているのは、ルナにはよくあることで……
それでも、眠っているのではなく死んでいるのだと、一目見ただけで判ってしまった。
「…………」
ケージの前にしゃがみこんで、動かないルナをじっと見つめる。
頭の中が真っ白で、何も考えられない。
「…………」
それでも、やがて感情が巡り始める。
ごく小さな火花のように発生したそれは、たちまち業火と化した。
(最低だ、私……)
(なにやってるんだろう……)
それは、悲しみが入り込む余地もないほどの――
激しい怒りだった。
ここ数日、ルナは調子が悪かった。
ごはんに全く手をつけず、辛そうに目を細めて静かに丸くなっていた。
仕事を休み、慌てて動物病院に連れて行ったのが一昨日のこと。
(なんて言っても、もう9歳だし……)
(人間に換算したら80歳……)
(そろそろ何があってもおかしくない……)
そんなことを考えつつ、薬を飲まして……
それでもあまり様子が変わらなかったので、私は昨日も会社を休んで付きっきりでルナの傍にいた。
(これが最後かもしれない……)
(だったら、ずっと傍にいてあげたい……)
そんなふうに思ったのは、実際にはルナのためというより、自分のためだったのだろう。
でも、辛そうなルナの介助をして、少しでも苦痛を和らげてあげたいと思ったのも嘘じゃない。
「大丈夫、一緒にいるからね、ルナ」
そして、今朝――
ルナは少し元気になっていた。
私がケージに近付いて中を覗き込むと、嬉しそうに寄ってきてくれた。
(ああ、薬が効いてくれたんだ!)
自発的に水を飲むルナを見て、安堵の涙が出てきた。
だから私は――
(よし、それじゃ、今日は会社に行こうかな)
――なんてことを考えてしまった。
そして、いつも通りの時間に家を出て、会社に向かった。
途中、幾度となく、
(でも、本当に元気になったのかな?)
(まだ様子見をした方がいいんじゃないかな?)
と、不安になったが、
(でも、さすがに3日連続で休むのはみんなに迷惑掛けすぎだし……)
(今日は、お客さんとの打ち合わせの予定もあるし……)
(きっと大丈夫、大丈夫よ……)
などといった考えに流され、心のどこかで感じ取っていた『嫌な予感』から目を逸らしてしまった。
その結果、私は……
最期の時を、ルナに寄り添って過ごしてあげることが出来なかった。
ひとりぼっちで旅立っていったルナを思うと……
「ごめん……ごめんね、ルナ……」
申し訳なさに、涙がぼろぼろと溢れ落ちた。
魂の抜けたルナを見つめながら、私はルナへの謝罪の言葉を唱え続ける。
その間も、心の内では自責の念が止まらない。
(なんて身勝手なんだろう……)
(私は、どうして……なんで……こんな、いつも、自分本位で……)
握りしめた膝に爪が食い込む。
怒りと憤りに、両手がわなわな震えていた。
(ルナ、ごめん……)
(私、自分のことばかりで……)
(ごめんね、ごめんね……)
(何となく嫌な予感がしてたの……)
(でも、私はそれを無視した……)
(仕事なんかより、ルナの方がずっと大事なのに……)
(そういうつもりでいたはずなのに、結局は仕事を選んでしまった……)
(しかもね、プロ意識とかそういう立派な理由で仕事を選んだんじゃないの……)
(職場のみんなの目を気にして……ただ「悪く思われたくない」って、単にそれだけ……)
(そんなくだらないことを重んじて、ルナのことを軽んじて……)
(本当に……どうしようもないクズだね、私……)
(あとね、本当はこんなの間違ってるの……)
(ルナが死んでしまったのだから、ここは心の底から悲しみに暮れるべき場面なの……)
(なのに、私は自分に腹を立てて、悔やんで、自己嫌悪して……)
(ルナのことそっちのけで、自分のことばかり考えてる……)
(ああ、どうしてこうなの、私は!)
(いつだって自分のことばかりで、大切な存在さえ大切に出来なくて!)
「ル、ナ……ルナぁ……」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「寂しい思いさせて、ごめんなさい!」
子どもみたいに声を上げて――
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして――
私はルナに謝り続けた。
どれだけ謝ってももう届かないし……
何より、届いたとしてもルナにとってはどうでもいいことだろうに……
それでも賤しく謝り続けた。
―END―
9/15/2022, 3:38:54 AM