『よるのまち』
この世界のどこかには、『よるのまち』があるらしい。そこは色んな種族が暮らす街で、その名の通り夜にしか現れない街なのだそう。
このよるのまちはどこからともなく現れて、朝になると消える。住人たちは快く迎えてくれて迷い込んでしまった人間たちは朝までほのぼのと暮らすのだそうだ。
そうふと、思い出した『よるのまち』の話。
今は夜中の12時。もう何もかも嫌になって夜の散歩中。危ないけどもういいや。
「……ほんとにあるなら出てきてよ。よるのまちとやら」
私はそう呟く。全て嫌になった人間を優しく迎えてくれるらしいよるのまち。本当にそんな場所があるなら行きたいくらいだ。
「はぁ、馬鹿なこと考えてないでさっさと帰って寝よ。明日も仕事だし」
そう思って家の方へ戻る。
その最中に灯りが見えた。
そしてとてもとてもいい匂い。
「…こんな時間に?」
まるで屋台のように良い匂いはご飯も食べる気を無くして出てきた私にはとてもつられる匂いだった。
匂いと灯りがある方へ進んでいく。
どんちゃん騒ぎの音も大きくなってくる。
「………うわあ」
目の前に広がるのは綺麗なオレンジ色の光。
ベージュ色の壁と屋根。目の前には大きなゲートがあり看板がぶら下がっている。
その看板には『よるのまち』と書いてあった。
「………『よるのまち』…?!
……うそ、本当にあるの…?」
おっかなびっくりになりながらゲートをくぐる。
美味しそうな匂いと楽しげな音。
中央付近まで歩いていくと、人間と、それから人間ではないものが楽しそうに宴をしていた。
それをぼーっと見ていると、横から驚かせないように声をかけてきた人が居た。
「こんばんは。新入りさんだよね?」
「………こ、こんばんは。」
見た目はふわふわの犬みたい。でも二足歩行だ。
顔はとても可愛らしい顔をしていて撫でたくなる。
「珍しい、っていうか見たことないよね。私たちのような種族は。人間さんもあっちにいるよ。
ここは『よるのまち』。毎日毎日頑張って偉かったね。今日くらいはゆっくり過ごしてね。
もちろん寝てもいいし、美味しいものをたくさん食べて騒いでもいいよ。ここでは現実世界の時間が進まないから安心して大丈夫。
ただこっちで朝になるとこのまちは消えちゃうから向こうに戻っちゃうと思う。
最初は強制的に戻らされちゃうけど、2回目はここに居るか決めることが出来るようになるから、もし2回目に迷い込んだら選べるよ」
「…あの、迷惑じゃなければほんのすこし話を聞いていただけますか」
「うん、大歓迎!」
「私、今仕事に追われてて…、酷いときは会社で寝るときもあったりして…もう嫌で、苦しくて
死にたくなって」
「うんうん」
「それで、あるときに聞いた話を思い出して散歩してたんです。優しく歓迎してくれるまちがあるって」
「うん」
「……不思議ですね。このまちに居るだけで、なにもしなくても心がほどけていくようで」
「そういう街なの。ここはさ」
「向こうにあるご飯は食べても平気なんですか?」
「うん!食べても平気!迷い込んだ子達には無料で提供してるんだ!」
「すごいなあ」
お題:《街》
6/11/2023, 3:21:40 PM