卑怯な人

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「あの日の温もり」


冬の終わりを感じる日に、私は岸壁にいた。

目を閉じると、静静と響く波の音、それに心地よい潮風が私を包む。遠く、余りにも広大で果てしなく続く海を見て、無性に叫びたくなった。今まで生きてきた中で溜めに溜め込んだ自責の念を吐き出したくなった。だが、それももう遅い。

「──────もう、行くのか?」

ふと、幼げの残る少年が私に話しかけた。
知らない。どこの子だろうか。
しかし、不思議とどこかで会ったことがあるような気がする。

「今日の昼過ぎにはバスが来る。それでこの街からおさらばだ」

少年の問いに、私はそう答えた。

生まれた時からずっと住んでいた土地だ。離れることに恐怖を覚えない者はいないだろう。しかし、この世に生を受けた以上、惜別の時はやってくる。私の場合は、それが少し遅かった。

「本当にいいのか?ここに居ればなんの不安も無い幸せを、夢を享受できるのに」

あぁ、全くもってその通り。
その甘い言葉は私の心に悲しげに響く。

「そうだな、でも少し長く見すぎたな」

もう、私にはあの空の様な輝かしい夢も希望も錆びつき、先も見えず、ただ徘徊するだけの人間はこの街には不必要だろう。私は、振り返る権利すら持ち合わせていないのだ。

「馬鹿正直な奴だな、その事を自分の心に閉じ込めていれば良かったのに」

本当に嫌になる。どうしてそこまで私が昨日まで考えていた事を掘り返しに来るのか。正直言って、私はもうこの街を見ていられない。私には、ちと色鮮やか過ぎる。直視しても、もって数秒程。

気づけば、私は一人だった。

「覚えてるか?釣りをしてたら魚じゃなくてアナゴが釣れて、仲間とギャーギャー騒いだの」

「あぁ、あれ程印象深いものは無い。最高に楽しかった。それに、夏の祭りとかもあったなぁ」

「それ程の思いが有りながら、何故出ていく」

「もう、手遅れだと思っていたからだ」

話し始めて三十分、バスの来る時間が近づいて、バスが目の前までやってきていた。私は少年の横を通り、バス停へ向かった。もう、後戻りはしない。

バスに乗る直前、一言だけ私は少年に話しかけた。

「ただ、自分自身びっくりだ。まだ、俺にも童心は残ってたんだな」

少年は一瞬呆気にとられた顔をしたが、直ぐに爽やかな笑顔を浮かべて私に答えるように話した。

「だから、いつでも帰ってこい」

過去の彼は私をそう言って見送った。



見知った海岸が、街並みが、離れていく。
あんなにちっぽけな街だったのかと、内心驚いていた。
しかし、それでも愛した街は変わらない。
あの頃のままなのだ。
そして、私は未だにそこにいる。

               
                  了

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結構やっつけ仕事です。すんません

2/28/2025, 3:24:19 PM