僕は今、海を前にしている。
もう夕方だというのに、日中の暑さを吸い取ったように砂浜は少し温かい。
僕の手には、小瓶が握られていた。ちょうど手の平に収まりきらない、手の中から少し顔を出すくらいの大きさの瓶だ。
「本当によかったの?」
誰に言うでもなく呟く。
いや、本当は問いかける相手はいた。
姿はもう見えないけれど。
「届くかわからないよ? それでもいいの?」
瓶を握る手に力がこもった。
自分でも今からする行動が良いものだとは思わないからだ。
「でも、きみの遺言だものね。ちゃんと守るよ」
手の中の瓶を改めて見た。
コルクの閉まった瓶の中には、灰色がかった白い粉と、白い紙が入っている。
君の遺灰と、君が最後に世界に宛てた手紙だ。
病弱だった君は、遺灰を海にまいてと遺言を残した。
それも遠くの海がいいから、海を旅したいからと、こうして瓶のボトルに自分だったものを詰めて。
中の手紙には、もしどこかの陸にたどり着いた時用にこう書いてあるらしい。
『こんにちは。どうか、私の夢を叶えてください。あなたのいるところから、中の灰をまいて』と。
道中で中身が出なかった時は、たどり着いた先の住人に遺灰をまいてもらおうという魂胆らしかった。
他にも色々書いてあるらしいが、詳細は教えてくれなかった。
「よっ」
僕は意を決して瓶を投げた。
瓶は数メートル先の水面に落ち、ゆらゆらと揺らめきながら沖に流れていった。
ずっとベンチだったけど、野球をやっててよかったなと僕は、初めて思った。
(君の願いがどこかで叶いますように)
瓶の行方は波のみぞ知る。
/8/3『波にさらわれた手紙』
8/3/2025, 10:04:58 AM