かたいなか

Open App

「物価と、高層建築物と、据え置きゲーム機本体と、ゲームソフト単品の価格と……?」
天高く、朝の寒さが気になり始める秋。「高く高く」など何のネタで物語が書けようか。某所在住物書きは天井を見つめ、今日も今日とて途方に暮れた。
相変わらずである。いつものことである。アプリのお題をこなすごとに、「書きたい」の質が、己の納得するレベルがインフレを続け、今では書いて消して書いての寄せ波引き波。悶々である。
「……オークションも段々、高く高くよな」
奴隷オークションを舞台に、値が上がり、さっそうと現れた青年が高額を提示?いや書けないが?
物書きは深く、大きな大きなため息を吐いた。

――――――

最近最近の都内某所、そこそこ「閑静」と言い得る住宅街の一軒家。リビングルーム。
手先の起用な女性が、夫の依頼により、ヒガンバナと狐のモチーフが付いた小さなお守りチャーム2個の金具を、ピアスのそれに付け替えている。
「何年ぶりかしら。こういうことするの」
両手に手芸用ペンチを持ち、丸カンを開いて、ストラップを外して金具を交換して、
再度、丸カンを丁寧に、しっかり閉じる。
「555円なんて、高くて高くて、貰えません。全部合わせて300円で十分」

はい、どうぞ。
チャリチャリ小さく振って、ピアスとなったヒガンバナと狐の挙動を確認した彼女は、満足の微笑でそれらを掲げ、
夫ではなく、自宅に連行されてきた夫の友人、藤森に手渡した。

「本当に、ピアスになってしまった」
友人の嫁からチャリチャリを手渡された藤森は、リビングの照明に照らして、同じように小さく振った。
クリアな素材で作られたヒガンバナはシーリングライトの暖光を受けて、縁を輝かせている。
「あの、せっかく作って頂いたが、私は……」
困惑顔で嫁を見る藤森を、
「大丈夫。私、譲久さんの依頼で金具交換して、譲久さんの依頼で藤森さんに渡しただけだから」
嫁は「すべて夫の要請です」と気遣った。

「ってことで譲久さん、ジョークさん。技術料と休日作業料で、300円申し受けます」
「俺が払うのか?」
「依頼者は譲久さんだもの。藤森さんに無理矢理ピアス押し付けて、お金まで払わせるのは詐欺でしょ」

「……」
チャリリ。一軒家の主たる夫婦の会話を聞きながら、藤森はふたつのヒガンバナと狐をライトに高く高く掲げて、困惑顔継続中。
元々2個のチャームは、ある稲荷神社で売られていた、縁切りと縁結びの双方に効くお守りであった。
諸事情あってこの藤森、縁切った筈の初恋相手から執着され、職場にまで突撃訪問されており、
その初恋相手を払う悪縁退散の意味で、親友の宇曽野譲久がお守りを2個購入。
そして嫁に金具の交換を依頼したのだ。「似合うから」と。

「良い活用法、教えてあげましょうか」
ピアス穴の無い藤森に、嫁が明るいイタズラ顔で提言した。
「誰かに贈るの。それ、縁切りと縁結びのお守りなんでしょ?お友達とか、大事な人とか、喜ぶと思う」
私、譲久さんに言われて作業しただけだから。
それが藤森さんの手から離れようと、消えようと、気にしないし。
嫁はそう付け足すと、
「なんなら化粧箱作りましょうか?コンコンコンで」
開いた5本の指を、3回、軽く握った。

「それなら、」
高く高く照明に掲げていた悪疫退散のひとつを、藤森は申し訳無さそうに、嫁に手渡した。
「あなたに、ひとつ。残りのひとつは、私の後輩に」
諸事情の執着強き初恋相手は、藤森の現住所を特定するため、藤森の後輩に探偵まで付きまとわせた。
親友の嫁であるこの人にも、いつか魔の手が伸びるかもしれない。
それを警戒したがゆえの、ピアス贈呈であった。

「わたし?」
予想外の行動に、親友の嫁はしばしポカン顔をして、その後藤森の生真面目に、膝を叩き、明るく笑った。

10/15/2023, 2:20:41 AM