冬支度(過去お題より)
調味料にお米に、缶詰にお茶のパックにコーヒー豆にそのた諸々。キッチンの空きスペースにぎっちりと詰め込まれたそれらの隙間に、蜂蜜の瓶がちょうど良くはまった。
「冬眠するみたいだね、僕ら」
最後に詰め込んだのが蜂蜜だったからか、ふとそんなことを思い付いた。暖冬だなんて言われているけれど、この雪国の小さな町はあと数日で雪に埋もれるだろう。オーバーサイズの茶色いセーターに身を包んで、冷えた指先を吐息で暖めている僕はちょっと熊みたいだ。思わずふふっと笑うと、目の前に立つ熊みたいに大柄な男の切れ長の目がすこしだけ緩んだ。
雪国で生まれ育ったから表情筋が凍ってるんだ、と揶揄される彼の精一杯の笑顔に、胸がきゅっとなった。他の誰にもわからない僕だけが見分けられる、彼の僅かな表情の変化を一人占めできる。そんな幸せなこと他にあるだろうか。
くふくふと、指先を暖めるための吐息じゃない笑いを含んだ息が僕の口から漏れる。のそりと歩いてくる男は僕と色違いのアイボリーのセーターを着ているから、白熊みたいだ。ゆったりとした動き方は僕よりずっと熊っぽい。
ああでもダメだ。白熊は冬眠しないもの。僕だけ眠ってしまったら彼が独りぼっちになってしまう。目の前までやってきた白熊を見上げると僕にだけわかるちょっとイタズラっぽい笑みを浮かべた彼と目が合う。
「……んだな」
お前が熊で俺がウサギか。なんて自分のセーターを引っ張って彼が呟いた。
「……ウサギは冬眠しないじゃん」
「ここにある食糧、食い尽くしたら最後に俺のこと食べんだべ」
「……まずそー」
ぎゅっと眉間に力をいれて、おえっとえずく様に舌を出す。彼の目に映っている自分の顔が、ちゃんと嫌そうな顔をしていることを確認してほっと胸を撫で下ろす。
春なんか、来なければいいのに。死ぬまでずっと、彼と2人きりで冬眠していたいのに。彼の大きな手が、僕のズボンのポケットを撫でる。そこに入っている、小さいピルケースを、まるで大切なお守りを確かめるみたいに何度も。
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一昨日くらいのお題より
メリバ好きです
訛り、リアリティより読みやすさ重視で入れてます
身近な訛りを記憶のままで使っているので、普段使われている方でもやっとさせてしまったらごめんなさい
11/8/2025, 1:03:00 PM