#024 『煙とともに』
火葬場の空には重く雲が垂れ込めていた。
「一雨来るかもしれんな。爺さんの時もそうだったなぁ」
祖父が亡くなった頃の年齢に近づいた父がぼそりとつぶやく。
三十年も前のことをよく覚えているものだ、と言いかけたが、空模様ではない他の出来事をふと思い出したおかげで言いそびれた。
祖父の火葬の最中、なぜだったかは覚えていないが、ふらりと外へ出た時のことだ。多分、待ち時間が退屈だったのだろう。
入り口近くに座り込み、煙草をふかしている大人がいた。顔には見覚えがなかったが、それほど親しくはない親族の誰かだったかもしれない。
立ち昇る紫煙は、今思えば火葬場の高い煙突から出る煙に似ていた。近年の火葬場は高い煙突を持たない造りらしいが、祖父の頃はそうではなかった。
あの煙に乗って空へと昇っていくんだ、と当時は思っていた気がする。
「見送ってもらえる人はいいんだよ」
話しかけた記憶はないが、見知らぬその人がぽそりとつぶやいたことは覚えていた。
「見送りはなくとも、煙が上がれば気づいてくれる人はあるかもしれないね」
無縁仏か。自分自身は幸い家族に恵まれたので可能性は低いが、先のことは分からない。
煙が上がることで誰かに認知してもらえるのなら、煙突もない火葬場では人知れずただ焼かれるだけになるのか。行政からの見送りくらいはあるのだろうか。
「煙草や線香の煙で届きますかねぇ。いやはや、最近は路上どころか敷地内禁煙の場所ばかりが増えて……」
「ねー、パパ? 誰とお話ししてるの?」
娘の声で我に返った。いつの間にか手にしていた煙草を取り落としそうになる。
古い記憶を呼び覚ましていたつもりで、ぼんやりと白昼夢でも見ていたのだろうか。周囲には娘以外、誰の人影もない。
「お爺ちゃんが呼んでるよ」
娘に呼ばれるままに火葬場の中へと引き返す。
先ほどより重く垂れ込めた雲に稲光が走って、雨の訪れが近いことを告げていった。
お題/空模様
2023.08.21/こどー
8/20/2023, 5:28:16 PM