いづる

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「僕はなんで呼ばれたんですか?」

昼下がりの職員室、窓からは温かい光が漏れ、外からは子どもたちの遊ぶ声が聞こえる。

学校を包む独特の緊張感がつかの間緩む、そんなときに、少年ははっきりとそういった。

「僕は何も、悪いことをした覚えはないのですが。」

そう言われた先生は、少し困ったような、怒りづらいといったふうになって、答える。
「いや、別に悪いというほどのことじゃないんだけどね。ほら、これだよ…」

そう言って彼が見せたのは、小さな一枚の紙だった。紙には四角い枠線があり、その上側に「みんなのゆめを書いてね。」と、そう書いてあった。 

「これを書き直してほしいんだ。」

「なんでですか。僕はしっかり書きましたが。」

「いやあ…だって君、もう3年間ずっとこれじゃないか。」

先生はまた別の紙を取り出す。今度は四角の真ん中に、大きく勢いのある字で、「平穏な日常」と書かれていた。彼は続ける。

「これは君たちの将来につながる、とても大切な紙なんだ。先生は、もうちょっとしっかり考えて書いてくれると嬉しいな。」

「考えて書いてます。」

「じゃあ、どうしてこの夢にしたんだい?」

少年は言葉を探すように少し間をおいて、返した。

「大人になって、年を取って、色々あったあとに、人間が一番最後に求めるものだからです。だから、人間は結局それがほしのかなって…だからそれがあれば幸せになれるのかなって、そう思うんです。」

先生の顔は、目の前の3年生が、途端に難しいことを言い出したことについていけず、当惑の色を示した。

「それは…君の意見なのかな?」

「はい。僕の意見です。」

「そうか…いや、まあしっかり考えているんならいいんだが。とはいえ、もうちょっと具体的にできないかな?平穏な日常っていうのは、例えば『けいさつ官になりたい』とかと比べて、ふわっとしているというか…」

間髪入れずに少年は言う。
「具体的ですよ。どんな夢よりも具体的です。僕の平穏な日常は、まず朝6時ぐらいに起きて、散歩をして、本を読んだりする。8時半ぐらいに仕事に行って、思う存分仕事をして、夕方の6時に家に帰る。家に帰ったら、テレビを見たり、趣味に打ち込んだり、風呂に入ったりしてゆっくりする。それから、10時半までにはフカフカの布団で寝るんです。犬が猫を一匹飼って、大きな庭のある家に住むんです。こっちのほうが『けいさつ官になりたい』とかより、ずっと具体的だと思います。」

先生はすっかり困り果てて、けれども確かに、そんな生活ができたらどんなにいいだろうかともおもって、何も言い返せなくなってしまった。

3/12/2023, 1:14:47 AM