未知亜

Open App

ㅤここ数年あなたに電話をすると、
「元気なんな?」
「ほんなら良かった」
ㅤでほぼ終わるようになっていた。
ㅤ敬老の日だからとか誕生日だからとか、気温が今季最高だ最低だとか。いろんな理由をつけて電話したのは、穏やかなあなたの声が好きだったからなんだと今更気がついた。

ㅤ二言目には母が言う「帰っておいで」を、あなたは決して言わなかった。ただ元気でいるのかどうか、それだけをいつも気にしてくれた。

「ねえ、おじいちゃんとの最後の会話って、覚えてる?」
ㅤワンピースとスーツで黒く装った姉と妹に聞いてみる。
「えー、電話やと思うけどなあ。1ヶ月くらい前……かなあ。なに話したやろ。元気か?ㅤっていつも訊かれるくらいで」
「私も、そんな感じ」
ㅤなんで?ㅤと姉。
「そうやんなあ。最後の声がどんなやったかって、案外思い出せんもんやなあと思って」
ㅤ私の言葉に、「そうやなあ」と二人がハモり、私たちは、多分この場にそぐわないほど派手に笑い合った。
「会うた時も、『写真撮ろう』って言うと笑顔が消えたんはよう覚えてる」
「そうそう。拳をぐっと握り締めたり」
「魂抜けるって思ってたんかなあ」

ㅤおじいちゃんは雨男だった。でもいま空はこんなにも晴れている。細く長い煙が、青い明るさに吸い込まれてく。
ㅤ私たちはほとんど同時に空を見上げた。それは後から後から立ち上ってなかなか尽きなかった。私たちの持つあなたとの思い出のように。


『空はこんなにも』『最後の声』

6/29/2025, 9:59:15 AM