白眼野 りゅー

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「ねえねえ、この曲さあ」

 と、君がイヤホンの片方を断りもなく僕の耳に突っ込んだ。右耳から、今流行りのラブソングが流れ込んでくる。

「まるで私たちのことを歌ってるみたいじゃない?」
「君、ラブソング聞くたびにそれ言うよね」


【未来まで響けラブソング】


「いや、これはホントにそうだって! ほら、ここの歌詞とか」
「そりゃ、いろんな人に共感してもらえるように作られた歌詞なんだから当然でしょ」
「冷めてるなあ」

 逆に、君はどうしてそんな熱量ではしゃげるんだ。

「君、もしかしてあんまりラブソング好きじゃない? こういうとき、いつも微妙そうな顔してるから」
「いや、単に君のテンションについていけないだけ」
「ぶー。こんなにいい曲なのに」
「だからだよ」
「?」

 間違いなく、これはいい曲だと思う。一時のブームではなく、数年後、もしかしたら数十年後まで語り継がれるような名曲と言っていい。……だから、嫌なのだ。

「君と別れたら、聞けなくなっちゃうじゃないか」

 一度でも、この歌詞に僕と君を重ねてしまったら。僕はきっと、その先が怖いのだ。

「……え、別れなきゃいいじゃん」
「簡単に言ってくれるね。大人になれば、考え方も感性も変わるんだよ」
「それでいいじゃん。大人になって、この曲に共感できなくなるくらい感性が変わって、『君、この曲聞いて泣いてたよね』『そんなこともあったなあ』なんて言い合って……。そうなるように、数十年後もその先もずっと一緒にいればいいじゃん」
「いや僕泣いてないし。何しれっと歴史改変しようとしてるんだよ未来の君」
「てへへ」

 照れくさそうに君は笑う。その笑顔が僕にもたらす名状しがたい感情が、抱えきれない愛情が、ちょうど聞いているラブソングの歌詞と重なった。

「お互いしわくちゃの老夫婦になっても、こんなふうに二人でラブソングを聞いて、『これ完全に私たちのことを歌ってるじゃん!』って言い合おうよ」
「老夫婦向けのラブソングなんてあるかなあ……」
「理想は、『苔のむすまで』に共感できる夫婦だね」
「君が代はラブソングだった……?」

 イヤホンから流れる曲が途切れた。「もう一つ、君に聞かせたい曲が……」なんてスマホをいじる君の横顔を見つめながら、こんな日々が千代に八千代に続けばいいのになあ、と思う。

5/6/2025, 11:09:42 AM