今日のテーマ
《半袖》
「寒くないの?」
「平気だし」
半袖ブラウスの袖口からのぞく腕にはうっすら鳥肌が立っている。
強がってるのは見え見えなのに、絶対に「寒い」と言おうとしない意地っ張りに呆れてしまう。
6月になって夏服に衣替えした途端、この時期とは思えないくらい低い気温になってしまった。
他の生徒は長袖のワイシャツやブラウスを着たり、カーディガンやセーターを着たりで温度調節しているというのに、隣を歩く幼馴染みは拳を握り歯を食い縛って寒さを我慢しながら半袖のまま登校している。
理由はたぶんいつもの兄妹喧嘩だろう。兄に煽られて引くに引けなくなった様子が手に取るように思い浮かぶ。
鞄にこっそりカーディガンかセーターでも入れてきて、学校についてから着てしまえばバレないだろうに、素直で真面目な彼女はそんなこときっと思いもしないんだろうな。
いや、そんなズルをするのは負けたみたいで悔しいのかもしれない。彼女はとても負けず嫌いだから。
そして俺は、そんな彼女の意地っ張りなところを誰よりも分かっている理解者でもある。
彼女を呼び止めて道の端に寄り、すかさず鞄からカーディガンを出してそれを羽織らせた。
「何これ」
「見てる方が寒いから今日はそれ着てて」
「別に私は寒くなんか……」
「うん、でも見てるだけで寒そうでこっちが風邪引きそうだから。俺のために、着てて。ね?」
強がる言葉を遮り、あくまでお願いの姿勢で頼むと、昔から俺にはお姉ちゃんぶりたがる彼女は満更でもなさそうに、でもあくまで渋々というポーズで頷く。
はっきり言ってチョロい。だがこのチョロさがたまらなく可愛い。
「でも、なんでセーター着てるのにカーディガン持ってるの?」
「急に寒くなる日とかあるじゃん。だから教室のロッカーに予備で入れとこうと思って」
「そのわりに、サイズ合ってなくない?」
「あ、間違えて去年のやつ持ってきたかも」
「ああ、あんたこの1年で背が伸びたもんね」
わざと今のより1サイズ小さい去年のを持ってきたことは当然言わないでおく。
去年の秋くらいにも同じようなことがあったからと念のために持ってきてた俺グッジョブと思ってるのも勿論ナイショである。
今の自分サイズのを持ってきても良かったけど、だぶだぶの男物のカーディガンなんか着せたら他の男子共からヨコシマな目で見られそうだし。
「あったかい……」
若干大きめなカーディガンから指先だけ出して、寒さで青白くなってた頬を仄かに色づかせながら小さな声でぽつりと呟くその姿は眼福もので、俺はニヤけてしまいそうになる口元を必死で引き締めた。
こんな地道であからさまなアピールを重ねてる俺の気持ちに、1日も早く彼女が気づいてくれますように。
そんな俺の祈りが成就するかどうかは神様だけが知っている。
5/29/2023, 7:40:16 AM