桔花

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・束の間の休息
時間を止めたことがある。
あの日、おれは農作業の手伝いをしていた。太陽が高くて、とても暑くて。
でも腰の曲がったじいちゃんが作業を続けている手前、休むわけにはいかなくて。
倒れそうになったとき、世界が止まった。わけがわからないままに、おれは止まった世界で休憩した。そのとき以来だ。時間を止められるようになったのは。
止められると言っても、いつ止まるかわからないし、世界が動き出すまでの時間もまちまちだ。
サボりや女子の風呂場覗きに悪用はできないらしく、そのうちにこの奇妙な能力のことは忘れてしまっていた。

「どうか、お気を付けてくださいね」

か細いその言葉に、さまざまな感情が見え隠れしていた。どうしようもないおれなんかを慕ってくれる、かわいい妻だ。

「おっとう、どこさ行く?」

五歳になった愛するわが娘は、さすがにめざとい。よしよしと頭を撫でてやった。
この国は滅びるのだろう、と思う。剣を握ったこともない農民を借り出して、統制の取れた敵部隊にぶつけようというのだから。無駄死に、と、人は言うかもしれない。
でも、せめて、最期の瞬間くらいは、敵の刃にかかって、愛する家族を想って、綺麗に散りたいと思った。
なのに。これはどうしたことだろう。
全てが止まった戦場のど真ん中で、おれは束の間、大きく息を吸う。
血の香がした。

10/8/2023, 1:31:31 PM