『優しさだけで、きっと』
お前の描いた未来には、いつも俺がいた。
深夜の街を、街灯だけを頼りに歩いたあの日を思い出す。
お互いベロンベロンに酔って、肩を組みながら歩いた。傍から見れば無様な千鳥足だろうに、俺らはそれでもまっすぐ歩けていると思い込んでいた。
線路沿いの坂をくだりながら、お前は突然空を指さす。
そこには月が静かに浮かんでいて、欠けているところなど探そうにもアルコールの回った視界は滲んでいた。
「もしも、満月が食えたらどんな味だろうな」
それはお前の声だった。
さっきまで舌っ足らずだったはずの呂律が、怖いほどにまっすぐに俺の耳へ届いた。
俺はぼんやりと月を見上げながら固くてしょっぱそうだなと思う。
「僕はねぇ、ふわふわで甘い気がするんだ」
想像通りの回答だ。最初から分かっていた。
好きも嫌いも真反対の感性で、唯一合うのは小説と煙草の銘柄だけ。
背の高く、さらさらと風になびく黒髪に対して、10cmほど背の低くて、茶髪のくせっ毛の俺。
綺麗な顔立ちをするお前のまつ毛が気に入らなかった。
「そうだ、今年の夏はキャンプなんでどうだ?
軽井沢とか、なんかその辺の、森的なとこ行ってさ、焚き火すんだよ」
その声は今にでもスキップをしだしそうな程に弾んで、軽やかだった。
対して俺は「そうだな」と返すのが精一杯だった。
今年の夏。それまで俺は生き延びられるだろうか。
俺は、いつまでお前とこうしていられるのだろうか。
いつからか、朝が起きられなくなった。
飯もまともに食えず、外に出ることもなくなった。
飲酒量も喫煙量も増えて、目に見えて落ちぶれていく俺にお前は何も言わない。
いつも通り、散歩に誘い、酒を飲み交わす。
お前の描く未来には俺がいる。
今年、来年、数年後、その世界にお前は俺がいると信じて疑いすらしない。
お前の優しさだけで、きっと生きていけたなら、どれだけ幸せだったろうか。
月はどこまでも高く、青白く、足取りのおぼつかない俺らを静かに照らしていた。
2026.05.02
70
5/2/2026, 10:37:00 AM