愛を叫ぶ
──私は、愛なんてと嘲る可哀想な彼にこそ、他でもない愛を叫ばせたいのです。
そう笑った彼女の瞳が、なんだかどこまでも冷え切っていたのをよく覚えていた。
彼女はよく笑う人だった。そしてよく食べ、よく泣き、よく寝ていた。片手で数えるに足る日の遠出の帰り、助手席で舟を漕ぐ彼女を見た時、なんだかどうしようもなく離したくないと思ったのだ。
しかし彼女の視線は一向にこちらを捉えることはなかった。彼女にとって僕は良い友人であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。ただ都合よく、適度に心地よく、必要最低限の配慮を要する、そんな人間のままだった。
彼女に意味ありげな本数のバラを渡した日、彼女は愛を叫ばせたいのだと言った。空を知らない人に虹を語るように、雨を知らない人に水たまりのメロディを聴かせるように。
幸いなことに、僕ならそれをよく知っているなんて、そんな言葉は嘘でも出てこなかった。彼女が言葉を愛していることはよく知っていたし、嘘を嫌うことも理解していた。
「じゃあ、ラーメン食べに行きましょう」
「いいけど、他の女の子にそんなのいわないでね」
「どうして」
「だって、可愛くないもの」
ハンバーガーやたこ焼きはあまり適していない。同じように、汗をかいたりするものも好まれにくい。
「わかってます。でも、貴方はいいでしょう」
「まあね。さ、行こうか」
彼女の背中を追いかけながら、その耳に揺れる赤いピアスを見つめていた。彼女の愛はとうの昔に結ばれて、僕のはいつまでも宙ぶらりん。
「わ、あの焼き鳥めっちゃ美味しいらしい!たべよ!」
けれどまぁ、宙に浮いた人間からしか見えない景色もあるのだろう。
「ふふ、走ると転びますよ!」
ならば僕は、このまま良き友人であろうと思うのだ。
5/11/2026, 2:38:34 PM