【夜の海】
(BL作品になります。苦手な方はスクロールしてください)
「夜の海って、引き寄せられるよね」
そう言ってズボンの裾を捲り上げ、早速 足元を浸らせている。
「いくら夏でも夜の海水は少し冷たいぞ。」
「うわっ…本当だ、冷たい!」
物知りなんだね、と笑う菜月。
こいつは数年ぶりに突然 連絡を寄越したかと思えば、いきなりいつもの海で集合だ、なんて言い出した。
自由奔放で人を振り回す性格は変わっていないようだった。
「この冷たさも、慣れればどうってことないね。」
「それは感覚が麻痺しているからだ」
「…冬真は相変わらず冷たいなぁ」
俺が素っ気ない返事を続けると、菜月はムッとした表情で浜辺に立つ俺に近づき、頭を小突いてきた。
「お仕置。久しぶりに会ったんだから、もっと楽しく話そ!」
楽しく…か。
俺はこいつがどうしてここまで楽しそうなのか理解ができない。だから、つい聞いてしまった。
「まずは突然俺を呼び付けた理由を教えてくれないのか」
「あぁ、…理由ね。」
俺が理由を求めると、菜月は何も言わずに膝の少し下辺りが浸かるほどの深さまで進んで行く。
「…菜月?どこまで行くんだ?」
田舎の夜の海はとても暗く、明かりといえば月光くらいだ。
不幸な事に今日の空は曇り気味で、月光も淡い光だった。
無言で、一切こちらに振り返らずに足を進める菜月の姿が、少しずつ影に飲まれた所で、俺はつい声を荒らげてしまった
「菜月!!」
柄にもなく大きな声を出した俺に驚いたのか、下半身が水に浸かりきった辺りで菜月は足を止めた。
暗くてよく見えないが、俺の居る浜辺の方に振り返った菜月は
いつもの脳天気な笑みを浮かべているように見えた。
「理由が知りたいなら、ここまで来てよ。冬真。」
両手を広げて俺を海の中に誘い込む。
その甘い声と表情で、どれほど騙してきたんだろうか。
俺はもう、一度これに騙されている。
だから馬鹿だった過去の俺と同じ道を辿りたくないと、思っていたのに。
今ここで菜月を見捨てられないくらいには、俺の中には過去の情が残っているようだ。
「今、行くから…それ以上は進むなよ」
「心配性だなぁ、冬真は。」
海に入るのは久しぶりだった。思っていたよりも海水の中は進みずらくて、俺は少し焦りながら菜月の元に近ずいて行く。
その間も菜月に動く様子はなく、俺の頼みをちゃんと聞いてくれているようだった。
俺があと少しで辿り着く、という所で、菜月は自ら俺の胸に飛び込んできた。
「ふふ、捕まっちゃった」
「っはぁ…ふざけるのも大概にしろよ、本気で焦っただろ」
菜月の体が冷えていた事と、何事もなく捕まえられた安堵感から、俺は思わず菜月を抱き締めてしまった。
それに嫌がる様子もなく、菜月は俺の背中に手を回して俺を抱き返す。こうして密着すると自分の心音がハッキリと聞こえてきて、その心拍数の速さに思わず少し赤面した。
「冬真、焦りすぎ。でも嬉しいなぁ」
「…お前は少し危機感を持て。夜の海は危ないから、話は車に戻ってからだ。」
そう言って腕を引こうとすると、菜月は俺の手を振り払った。
「ううん、俺はまだ戻らない。」
「理由を知りたいんだよね?」
「…なんだ」
菜月は呼吸を整えながら、俺の手を弱々しく握る。
少し間が空いて、波の音にかき消されそうな小さな声でこう言った。
「俺、結婚させられるんだ」
それは震えた声だった。
長年傍にいた俺でも、見たことのない姿だ。
…いや、1度あったかもしれない。
1度目は、自身を操り人形のように扱う両親が恐ろしいと、夜の海で泣いていた菜月を慰めた時。
菜月の両親は大企業の経営者で、とても厳しい人達だった。
菜月のことを所有物としか思っておらず、自分達の利益のためになら結婚くらい勝手に決めるだろう。
「冬真、俺のこと、まだ好き?」
菜月の口からそんな言葉が出るなんて思いもしなかった。
あの頃の俺達の関係は、今思えばとても曖昧だ。
俺は菜月に惹かれていたが、菜月の気持ちは不安定だった。
ただ、健全な関係ではなかったんだ。
だから菜月の両親にバレて、それで終わった。
それなのに、菜月がなんともない顔でお別れを言うから、俺はそれが辛くて、今でも夜夢に見るくらいだ。
「…俺はずっと、お前が好きだよ」
「俺ね、冬真以外と結婚するなら、死ぬほうが良いって思うの」
冷たい海の中にいるからか、混乱していた脳は少しずつ冷静さを取り戻してきた。
「心中したいのか?」
「…うん。だから、呼んだんだ」
「初めて冬真に会った場所で、冬真と死にたかった」
海で心中なんてロマンチックでしょ?と冗談を言っているが、
その声は相変わらず怯えているように聞こえる。
お前はきっと、外の世界を知らないから
逃げ道がほかに思いつかなかったんだろう。
「…もし捕まったら、その時は心中でもいい。」
「でもまずは、俺と一緒に駆け落ちしてくれ」
「…プロポーズ?」
「…あぁ、そうだな。結婚できる国に行こう。
金は俺が稼ぐから、菜月は家事をやってくれ。2人で支え合えば駆け落ちなんて楽勝だ。」
「冬真と、結婚…」
俺が駆け落ちの段取りを具体的に説明してやると、先程まで浮かべていた緊張や不安の表情が和らいできた。
休日の朝は一緒に散歩をしよう。とか、ペアルックのパジャマを買おう。だとか続けて言うと、どんどん菜月の表情が可愛らしく緩んでくる。
「…ふふ、悪くないね!」
菜月は何に対しても経験が浅いから、きっと何をしても楽しめる。どうせ死ぬなら、最後に盛大な反抗期を起こして、楽しい事を沢山教えてから一緒に死んであげよう。
「まずは、そろそろ車に戻るぞ」
「うん、旦那様のお願いだからね。ちゃんと聞くよ」
今度は素直に俺に手を引かせてくれた。
長い間浸かっていたから完全にお互い冷えきってしまったが、
そんな事が気にならないくらいには良い収穫があった。
菜月は、夜の海は引き寄せられると言っていたな
あの日の俺もそうだった
悩み事があって、なんとなく海に引き寄せられて
浜辺で菜月を見つけたんだ
だから、海には少し…いやかなり、感謝している。
あの日、俺達を出会わせてくれたのは
間違いなくこの魅力的な夜の海だった
***
オチが難しい…今回のテーマも楽しかったけど
文才のない自分には苦しかったです💦
上手くできているか不安ですが、楽しんで貰えたら嬉しいです。
8/15/2024, 6:28:15 PM