大好きな君に
貴方が崩れる音を聞きました。その瞬間、そばに居てやれなかったことをここに謝罪します。貴方は全てを包み込んで、貴方は歪みさえ愛して、貴方は、貴方は私の全てでした。
私の少しを知るために、全てを私にくれた人。貴方と出会った頃の事をここに遺します。
先ずは高校の頃、私が古いカセットテープを買うために空腹を選んだ頃、貴方は金管が得意でした。私は楽器に精通していない為、断定は出来かねますが、恐らくフルートの類のそれで、貴方の白い肌と息を飲むような黒い髪に銀一文字が映えていました。私が貴方に想いの丈を伝えた時、貴方は許婚がいると断りを入れました。私はなんだかそれが、私でないような、今目の前鼻の先に起こった出来事がどこか遠くの誰かの身に起きているような感覚でした。どれだけ手を伸ばしても貴方に触れさえ出来ないような印象でした。それから貴方と疎遠になって、いつしか貴方を忘れさえしそうになって、そんな私を貴方が自転車に乗って迎えに来るような、そんな勢いの夢を見ました。悪夢とは言い難い程素敵な夢でしたが、目が覚めると目の前の貴方は霧散し、私の指先は現実に触れました。あの夢がどうにも苦手でした。あの夢を思い出す度に、喉に小骨がつっかえたような不快な気分になりました。それから鳥は木の実を啄み、運ばれた種子は立派な枝を生やし、それらを幾つも確認した頃、また貴方に会いました。貴方も私を見るやいなやこっちに向かってきて、私はこれが都合の良い霧でないことを願いました。貴方は依然変わりなく、いや、幾らか綺麗になったような面持ちで、笑顔に跡を残していました。私はなんだか、あの頃の自転車に乗っている貴方が、坂を下って私の頭に入り込んだような気持ちでいっぱいになりました。それから逢えなかった間の話をしました。私は好きなバンドが解散したと言いました。貴方は子供が産まれたと言いました。私は日本代表がアメリカに勝ったと言いました。貴方は夫が癌で亡くなったと言いました。私は私の知らない間、貴方は何度枕を濡らしたか考えました。貴方は私がそう考えていることを知っているように、黙りこくってしまいました。私は開くことを忘れていた口で子供はいくつになったか聞きました。貴方はなんだか少し嬉しそうになりました。息子が今年二十歳になること、東京の大学に進学するため家から出て行ったこと、夫が亡くなってから息子が逞しくなったこと、広い家に一人きりになったこと、赤裸々に、嗚咽のように私に告げました。私は貴方が枕を濡らしたであろう数をいくつも増やしました。私は咳をするようにまた逢いたいと言ってしまいました。貴方は遠くを見て、必ず会おうと言ってくれました。私はその晩泣きました。それは悪夢を見た時のゆめうつつでなく、貴方を想っていた三十年ぽっちが、たった三十年の全てが今日、貴方に覆い隠されたような気持ちで涙がこぼれました。
それから月が何度も欠けて、貴方がもう長くないことを知りました。貴方の病室が私の涙でいっぱいにならないよう、私は昨日沢山泣きましたが、それでも貴方に逢うと涙が出ました。貴方は貴方よりも力のない震える私の手を握って言いました。三年後また会おうと言いました。私は手を強く握りしめることも出来ず、ありがとうと言いました。その後貴方の息子に会いました。貴方によく似た好青年でしたね。特に目元が似ていたと思います。その子は私に会釈して、病室のドアを強く握り、ゆっくりと開けました。私は何故だか、息子と会う貴方を見るのが嫌で病室を飛び出しました。母親としての貴方を見るのが嫌になりました。意気地無しの私と一児の母の貴方がした会話はそこが最後でした。貴方の息子は寂しそうな顔で、余命三ヶ月の所、五ヶ月も生きた。大往生だった、と震える声で言っていました。私はその子の父親の代わりになれるよう強く、貴方に出来なかったように強く抱き締めました。貴方の墓が出来てからすぐお参りに向かいましたが、あれだけ綺麗だった貴方が、墓石の、深い灰色になってしまったことが、どうにもやるせなかったのです。あの日のお参り以降、一度もあの灰色に目を向けられなかったことも謝罪しようと思います。
そして今日、貴方が三年後会おうと言ってくれた日になりました。泣き虫の私が貴方の夢を何度も見た今日、二年ぶりに貴方のもとへ向かいます。私は貴方が好きだった缶コーヒーと、貴方が好きだと言ってくれたカセットテープを持って墓前に立ちました。貴方の墓に水をかけていると墓の裏に一本の白百合が生えていることに気が付きました。やっと気が付きました。三年ぶりに逢えました。私は白百合に溢れんばかりの水をかけ、ずうっと墓前で手を合わせていました。ずうっとずっと手を合わせていましたよ。
3/4/2026, 1:30:16 PM