この村は、晴れた月夜に、今の平穏に感謝し今後も続くことを願って、空に祈りをこめる風習がある。それは私にとって、物心ついた頃から当たり前のことだった。
今日も月がきれいに見える。私は家の前で手を合わせて空を見ていた。
「この村の人は、よく祈ってるね。」
急に側から声が聞こえて驚いた。全く気づかなかったし、祈っているときに話しかけられることはほとんどない。その方を見ると、白い外套で身を包み、フードを目深にかぶった人が立っていた。顔は見えず、恐怖が襲ってくる。
「…誰?」
「旅人。最近この村に来た。」
声から女性であることがわかった。なんとなく悪い人ではなさそうだ。
「…月夜に祈る風習だよ。」
「何で月夜に、何を祈るの?」
タイミングが良かった。今日、その歴史について知ったところだ。
「この村は、大昔『月夜』様に助けられたらしい。それで、月夜に。祈ってるのは、平和だよ。」
「…そういえばこのあたりだったね、魔獣討伐があったのは。」
…どういうこと?
「このあたり、魔獣が出るの?」
「…昔の話だよ。今は、結界がある。」
私が不安になってそう聞くと、彼女は落ち着いた声でそう言った。
「今が平和ならいいか。」
「で、ツキヨ様って?本名なの?」
「いや、違う。姓はシャルガレットで、名は知られていない。」
そう言った瞬間、彼女の雰囲気が一瞬だけ変わった気がした。
「…そう。で、何でツキヨ様?」
でもその雰囲気は一瞬で霧散して、彼女はまた聞いてくる。
「容姿が月夜みたいだったらしい。」
「…そういう人は、たくさんいるんだね。」
彼女はそう呟いて息を吐いた。
「ねぇ、何を言ってるの?」
さっきから意味がわからない。私が彼女をにらむと、彼女は徐にフードを脱いだ。
「こういうことだよ。」
淡い金の長髪が、そよ風になびいた。その髪の隙間から見える、切れ長の紫水晶のような瞳は、まるで夜に吸い込まれるようだった。整った顔立ちで、すごく美人だった。
「何者なの?」
「私が、そのシャルガレットだよ。」
彼女は何かを思い出すように言った。
「いい村だね、ここは。ちゃんと昔のことが伝えられている。」
いろいろ聞きたいことがある。本物のシャルガレットだというのなら、何で生きている?とか。でもそれよりも、ただの風習だった祈りに、すごく歴史と意味を感じた。もっと大切にしようと思った。
3/8/2026, 7:28:10 AM