sairo

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「ここだけの秘密なんだけどね」

ふふ、と笑みを浮かべて、彼女は囁いた。
放課後の図書室。今この場にいるのは二人だけだというのに、彼女は周囲を気にして声を潜め、身を近づける。
それを一瞥して、無言で手元の本へと意識を戻す。
また始まった。普段は明るく元気な彼女の、この悪い癖はどうしようもないらしい。。

「ちょっと、聞いてよ」
「聞いてるよ。耳を塞いでいる訳じゃないから、聞こえている」
「聞き流してるだけでしょうが。ちゃんと聞いて。今回のはね、とっても凄いんだから」

はぁ、と溜息を吐き、本を閉じる。
いつもの事ではあるが、やはり今回も見逃してはくれないようだ。
顔を上げ、彼女を見る。きらきらと煌めく眼と視線が交わり、その熱量に思わず身を引いた。

「そこで引かないで。今回のは凄いんだから。まだ誰も知らない秘密なんだからね!」
「はいはい。で?今回は何。踊るガイコツでも見た?それとも歌うピアノ?」

少し前まで彼女が嵌まっていた、この学校の七不思議を適当にあげてみる。だが彼女は頬を膨らませ、違う、と不満を露わにした。

「七不思議なんて、皆知ってるでしょ。秘密じゃないじゃない。今回はそんな子供だましじゃないよ」

そう言って、彼女は真剣な顔する。僅かに視線を揺らし、顔を近づけ。
声を潜めて、あのね、と呟いた。

「わたしたちって、親友だよね?」
「………まあ、そうだね」

意外な言葉に、目を瞬く。それは秘密でも何でもない事だろう。
直ぐに答えを返さない事が不安だったのか。彼女の煌めく眼に涙の膜が張り出す。少し慌てて腕を伸ばし、彼女の少し固めの髪を無造作に撫でた。

「私達が親友だって、秘密にした覚えはないんだけど。いつから秘密の関係になったの?」
「違うの。ちょっと確かめたかったというか…本当に特別な秘密だから」

乱暴に目を擦り、彼女は笑う。心底安心したというような締まりのない笑みに、内心でほっと息を吐いた。
常に変化する彼女の感情には慣れているつもりであるが、それでも泣かれるのは未だに落ち着かなくなる。
そんな思いを表には一切出さず、無言で話の続きを促す。擦った事で僅かに赤くなった目を何度か瞬かせ、彼女は表情を引き締め口を開いた。

「本当はずっと前から言おうと思ってたんだ。でも怖くて、いろんな話をして様子を見てた。まだちょっと怖いけど、言わなくちゃいけないから」
「これ以上長くなるなら、本読んでてもいい?」
「待って待って!言う!ちゃんと言うから」

ぐずぐずと迷う彼女に焦れて本を開く振りをすれば、慌てた彼女が本を奪う。縋り付くように本を抱きしめ、一つ深呼吸をして、真っ直ぐこちらを見据えた。

「わたし。人間じゃないの。人間に化けている妖なの」

何だ、そんな事か。

「…ああ、うん。知ってる」

彼女の目を見返して、告げる。
驚愕に目を見張る彼女の手から少し歪んだ本を取り返し、何事もなかったかのように本を開いた。

「ちょっ、待って!?なんで?なんで知ってるの!だってわたし、誰にも言ってないし、ずっとバレないように頑張って来たのにっ!」
「っ、やめっ。落ちっ、着いて。揺らすなっ、て」

肩を掴まれ揺さぶられる感覚に、必死に抵抗する。思っていたよりも強い彼女の力に視界が揺れ、吐き気が込み上げてきた。
次第にぐったりとする己にようやく気づき、彼女が慌てて手を離す。背をさすられながら最悪の事態が避けられた事に安堵していれば、微かに聞こえたどうして、の言葉に目を細めた。
彼女の腕を叩く。口を開く余裕はまだなく、代わりに指を差して彼女に伝えた。
指を差した先。夕焼けに伸びた影に視線を向けて、彼女は目を丸くし頬を染めた。

人間の形をした己の影とは異なり、彼女の影は獣の形をしていた。

「ぁ、え。いつ、から…?」

恐る恐るこちらを見つめる彼女に、曖昧に笑って視線を逸らす。それだけで察しはついたのだろう。顔を覆い、音もなく崩れ落ちて行く。

「まさか、最初、から…え。待って。これって、皆に、バレ、て…?」
「それはないと思う」

立ち上がり、彼女の隣にしゃがみ込む。崩れ落ちたままの体制の彼女の頭を撫でて、大丈夫、と繰り返す。

「…本当に?」
「多分。でも、夕方のこの図書室でしか、影は出なかったから」

昼間の学校内や登下校時には、彼女の影は人間の形をしていた。夕暮れのこの図書室にいるのは、委員である己くらいしかいない。
それを伝えれば、彼女はそっと顔から手を離し。赤に染まった顔をして、こちらを見上げた。

「秘密を知っても、親友で、いてくれる?」

今更、何を言っているのか。くすくす笑い、強めに彼女の頭を撫で回す。
そもそもが、逆である。
この図書室に獣の影をした彼女が現れ、言葉を交わし。そして親友になったのだから。
影と同じく、どこか抜けている己の親友の髪を心ゆくまで掻き回す。ぴょこん、と現れた、頭の上の丸い獣の耳を摘まんで、軽く引っ張った。

「やっ!ばかっ。耳、引っ張らないで」
「秘密にもなってないのに、変な事を言ってるから、お仕置き」
「だって。だって怖かったんだもん。大好きだから、離れたくなかったのに」
「はいはい。ごめんね。頑張って秘密にしようとしてたのに、最初から気づいてて」
「いじわるだっ!」

頭や耳を撫で回す手をペちぺちと叩く彼女に苦笑し、解放する。
涙目で睨み付ける彼女に、ごめんね、と繰り返して、戸締まりをするために立ち上がる。
気づけば、下校時刻まであと僅かだ。黙々と戸締まりを行う己に、彼女は文句を言いながらも立ち上がり帰る仕度を始めた。


「秘密にしたいなら、もっと気を張らないと。まあ、難しいだろうけれど」
「ばかにしないで。今度からは絶対にバレない秘密を作ってあげるんだから」
「頑張って。本当に誰も知らない秘密を作って、一ヶ月守り通せたら、私も秘密を教えてあげるよ」

きょとり、と彼女は目を瞬かせ、次第にそれは煌めきを増していく。

「秘密!?それってどんな?ねぇ、教えてよ!」
「教えたら秘密にならないでしょうが。ま、誰も知らない秘密だろうね」

きらきらと輝く彼女の目から視線を逸らして図書室を出る。慌てて続く彼女が出たのを見て、扉に鍵をかけた。

「気になる!秘密を守ったら、絶対に教えてよ」
「教えるよ。無駄になるかもしれないけど」
「ならないっ!いじわる言わないでよ」

ごめんね、と気のない謝罪をして。
いつものように、手を繋いで歩き出す。

さて、彼女の新しい秘密が守られるのが先か。己の秘密が暴かれるのが先か。
ぶつぶつと新しい秘密とやらを、口に出しながら考えている彼女を横目に。

夕暮れに伸びた己の影に、一瞬だけ四つの尾が現れ消えたのを見ながら、どちらも当分はないな、と口元だけで笑みを浮かべた。



20250207 『誰も知らない秘密』

2/9/2025, 2:34:35 AM