薄墨

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拝啓
春の日差しが煌めく今日この頃、先生の方は、お変わり在りませんでしょうか。

ご無沙汰しております。なかなか近況報告申し上げられなかった不義理をお許し下さい。

本日このように御手紙差し上げたのは、もちろん、普段の不義理をお詫びするという主旨もありますが、もう一つ、お詫び申し上げなくてはならないことがあるのです。

先生に打ち明けねばならぬことがあるのです。

私、実は、人間ではないので御座います。
この国では馴染みも発見もされていない、言うなれば未知の生物…それが私に御座います。

ですので、私、人間やこの国に生きる生物とは異なる点が幾つも存在します。生物学的性もその一つに御座います。

私は男でも女でも御座いません。
私は無性なので御座います。

先生には、私が年頃になった四月から、私に、男女の仲のこと、婚姻のこと、家庭を持つ重要さ…様々なことを折りにつけて、教わって参りました。

また、先生にはお手紙を通して、ことに触れては、お見合い、各団体の宴へのご紹介も賜ってまいりました。
しかし、その全てに、失礼ながらお断りさせていただいたのには、このような事情が在りましたことをご承知願いたいのです…。

長年、この様な大切なことを秘密にしていたこと、
事由も説明せず、先生とは疎遠になってしまったこと、
先生に付きましては、御立腹なさるのも、当然と存じます。申し訳御座いません。

私は、通常の、人間としての生活が気に入って居ります。ですので、研究や学問の対象になることが怖く、今の今まで、この事を誰かに申し上げるつもりは在りませんでした。
しかし、先生に付きましては、心から私の将来を思い、沢山の御配慮、御施策を下賜して下さいました。

ですので、先生へは打ち明けねばなるまいと、決心した次第で御座います。

仰天のことと存じます。気味が悪いと思われるかもしれません。

しかしこれが真実であり、従って、私から申せることは以上で御座います。
直ぐに受け入れて頂けるとは思って居りません。それでも、何時か、御理解頂けた時は是非、御返事頂ければと思います。

それではこれで御手紙を閉じようかと思います。
先生に於れましては、是非、本日が如何なる日か熟考して頂き、御返事頂けることを期待して居ります。
本日の午前中迄には届きます様に。
敬具

先生へ
四月一日 或る書生より

4/1/2024, 12:23:56 PM