ストック

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「もし、これまでずっと生きてきた世界が突然なくなっちゃったら、どうする?」

彼女の突然の問いかけに、俺はすぐに答えを返せなかった。
さっきまで、他愛ない話をして笑い合っていたのに。

「どうしたんだよ、急に?」
「ねえ、貴方だったらどうする?」
彼女は尚も食い下がる。こうなった彼女は答えを聞くまで諦めないのは経験上わかっている。

「そうだなぁ…。そりゃ戸惑うし悲しいだろうな。今までの常識が全部変わっちゃうんだから」
「……」
「でも、結局は少しずつ受け入れていくしかないんだろうな。それが新しい世界なら」
「……そんな簡単に、割りきれるものかな」
「最後は割りきるしかないんじゃないのかな。泣いたって喚いたって、これまでずっと生きてきた世界は、もう手が届かなくなっちゃったんだから」
「貴方は強いんだね」

彼女は、車椅子に目を落とすと小さくため息をついた。
交通事故が原因で、彼女は足を失ってしまったのだった。

「俺は強くなんかないよ。今だって想像で喋ってるだけだから、本当にそんなことになったら、泣き喚くかもしれないし、立ち直れないかもしれない」
「……」
「でも、すぐには難しいと思うけど、新しい世界では以前は気づかなかったことに気づくかもしれない」
「……」
「それに変わってしまった世界でも、変わらないものだってあるはずだから」

俺は彼女の手をそっと握った。
手の甲に温かい水滴がポタポタと落ちてくるのを感じた。

7/12/2023, 11:39:00 AM