貴方に似た、あの人。
同じ赤色の本が目の前の棚にあるか、手の届かない高い棚にあるかの違いで。
作者も内容もちがうんだろうけど、私はどちらの本も読んだことがない。
だから、どっちを取ったって順番が変わるだけで、またあとで読めばいいだけ。
それなのに、どうして?
私が順番を間違えただけで、あの人はそこまで私を怒鳴るの?
彼は私がもう片方を読み終えるのを、棚の中で待っていてくれたのに。
でも、もうしかたないから、逃げることにしたの。
貴方の街から遠く離れた海辺の街に。
海は思ったほど綺麗じゃなかった。曇った空と鉛色の海は空をそのまま映したみたいで憎たらしい。
貴方と貴方の子供もそうなんじゃない?
しばらく住んで、ふと思い出した。
あの時私は、高い棚の本を読んでいない。
手に取ろうとしてやめてしまった。
今更思い返すのは心臓にくる。
もうやめてしまいたい。
幸い、夏祭りがあるそうで、小さな心の思い出を思い返した。
いつか誰かと、一度だけ海辺の街の小さな祭りに行ったことがあった。
その祭りで水風船を買ってもらった。
その夜があまりに幸せで、私はもう一生ここにいられたらといいと思った。
この手を握るこの人と結婚したいと思った。
私は何歳だった?その人は誰だったの?
ならば、人生最後、行ってみようかしら。
赤色の貴方がいるかもしれない。
そう思った。屋台で赤色の水風船をあの頃のように、釣り上げた。
そして、赤色の水風船に誓った。
「もし、この水風船がしぼむ前に貴方が迎えに来なければ、水風船とともに、私も海に沈もう」と。
やけに気分のいい夜は、それが最後だと私に言い放つ。
8/23/2024, 11:26:31 AM