#22 『秘密の箱』
「はぁ〜〜」
仕事を失い、私は途方に暮れながら海岸を歩いていた。早く次の仕事を見つけなければ貯金だってすぐに底をつくだろう。家族も友人も彼氏もいない。むなしいな……。
「なんだろ、コレ」
手のひらサイズの小さな箱が砂浜にめり込んでいるのを見つけた。
こがね色の艶やかな箱は、砂から取り出してやると太陽の光を受けてキラキラと輝いた。箱だけでも美しいけれど、当然中身だって気になるわけで。私は箱を開けようと手をかけた。
「待て!」
鋭い声に手を止めて振り返った。そこに居たのはタコのようにウネウネの足をした女の人、というか多分――。
「魔女!!」
咄嗟に大きな声が出てしまう。
「大声出すんじゃないよ。あっちにいるヤツらに気づかれてしまうだろう?」
「だ、だれか……」
「シー、静かに。何もとって食いやしないよ。その箱を返してほしいだけさ。アタシが落としたものだからね」
「あなたのものだって証拠でもあるんですか?」
「ああそりゃあもちろん! ……ないけども」
「中身はなんですか? 合っていたらお返しします」
私は再び箱を開けようとした。
「まーって! だめ、開けるのだめ」
「それじゃ本人のものか確かめられませんよね?」
「いや、事情があって開けちゃいけないんだよ。えーと、アタシの秘密が詰まった箱なのさ。あるだろう、誰にだって人に見られたくない秘密のひとつやふたつ」
「そうですよね。すみません」
魔女は箱に注視していて気づいていないが、魔女の背後の岩陰には美しい男女が居て、固唾を飲んで様子を窺っていた。
「じゃあ、返してくれるね?」
魔女は私に両手を出す。そこへそろそろと箱を置く――
「ごめんなさい!」
箱を開けた。
中から眩い光とともに、美しい歌声が聴こえた。
「ああっ!!」
魔女は目をつぶり、両手で耳を塞いだ。私はその隙に岩陰の男女のもとへ駆けていく。
「ありがとうございます!」
それはそれは美しい声の女性が言った。
「きみ、声が戻ったんだね!」
男性が歓喜の声をあげ、女性の手を握った。
「よくも! 人魚姫の声を逃がしたな!」
怒りに震える魔女。今にもこちらへ襲いかかってきそうだ。
だがどこから現れたのか、沢山の兵士が魔女の周りを取り囲んだ。
「覚えておけ……!」
魔女は捨て台詞を吐くと海に飛び込んだ。
「こわ……」
私は自分を抱きしめブルっと体を震わせた。
「本当にありがとうございました。私は人魚姫。貴女は私の恩人です」
「僕はこの国の王子です。人魚姫の恩人なら、僕にとっても恩人です。どうかお城へきてください」
「はぁ……」
私は右手を人魚姫に、左手を王子様に支えられ、お城へと案内された。
そのお城で私は、二人のよき友人として一生、なに不自由なくたのしく暮らしました。
めでたしめでたし――
10/25/2025, 8:14:54 AM