霜月 朔(創作)

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沈む夕日


空が夕焼けに染まると、子供たちは家路を急ぐ。
きっと家では、母親が温かい夕食を作って、
待ってくれているのだろう。

でも。俺の家は。
父は外に女を作り、家に寄り付かず、
母はそれに絶望し、家庭を護る事を捨て、
俺と幼い妹の育児を放棄した…。
そんな家庭だったから、家に帰ったとて針の筵。
俺は妹と二人、息を潜め気配を殺し、
朝が来るのを待つしか無かった。

だから。
家に帰らねばならない時刻を告げる、
空を朱く染めながら沈む夕日は、
苦痛の始まりを意味するもので、
俺には、その緋色は地獄の業火の様にも見えた。

そして。時は流れ。
俺は大人になり、両親の呪縛から解き放たれた。
決して恵まれた生活ではないが、
沈む夕日に怯える事がなくなった。
そして…知った。
一日の終わりを告げる、西の空に沈む夕日は、
こんなにも切なく、美しかったのか、と。

何時か、沈む夕日を眺めながら。
お前にも、この事を話したい。
決して聞いていて楽しい話ではないが、
お前には、俺の全てを知って欲しい。
俺の弱い所も、醜い所も、足りない所も。
そして、その時は。
俺が見てきた、どんな沈む夕日よりも美しい、
その穏やかなサンセットオレンジの瞳で、
俺だけを見詰めていて欲しい。

4/7/2024, 1:44:13 PM