薄墨

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ポルボロンは、口の中で砕ける。
ほろほろした欠片を噛み、飲み込む。

ポルボロンを口に入れて、「ポルボロン」と言えたためしがない。
私の願いを叶える気がないのだろう。
けれども、アーモンドプードルが香るほのかな砂糖の甘みが口の中で解けた時、一瞬でも幸せだ、と思ってしまう。

悔しくもあり、嬉しくもある。
ポルボロンが口の中で砕ける時は。

この妙な名前のお菓子を定期的に食べるようになったのは、当然ながら、スペイン旅行へ行ってからだった。
ふらりとお菓子屋さんに入ったその日が、お店を挙げてのお祝いの日だったのだ。

そこでいろいろ教えてもらった。
ポルボロンの言い伝え。
口の中で崩れる前に3回「ポルボロン」と唱えれば、願いが叶うということ。
ポルボロンの味。食感。
ちんすこうみたいに、ほろほろに崩れるのだ、ということ。

そして、人を想う切実な願いが叶いそう、という希望はどんなに胸を焦がすか、ということ。
願いが、願望が、どれだけ胸を焼くか、ということ。

「気に入ってくれてよかった。このポルボロン、僕が作ったんだ」そう言って笑う、まだ修行の身の青年の笑顔の眩しさ。

そしてポルボロンが砕ける前に、口の中で「ポルボロン」と3回唱えるのが、どれだけ難しいか、ということ。

毎日通った。
ポルボロンのお菓子屋さんに。
店長さんともすっかり仲良くなって、お店に私的なお手紙を出せる栄誉までいただいた。

当然ながら、帰国しても私はその巡り逢いに、ポルボロンに囚われていた。
今でも定期的にお手紙を書き、定期的にお手紙をもらい、ポルボロンを食べる。

店長は何もかも分かっていたみたいで、毎回、あの青年がこしらえたポルボロンが、いくつか届く。

そうして、私は懲りずに毎回、チャレンジをする。
ポルボロンを崩さずに、「ポルボロン」と唱えることを。
あの巡り逢いを、一期一会で終わらせたくない、と願いながら。
毎回、ポルボロンをそうっと口の中に入れる。

けれども願い虚しく、いつもポルボロンは、口の中で解ける。
アーモンドプードルの香りを纏った、砂糖の甘味を衣のように脱いで。

いつ、私は「ポルボロン」と唱えられるようになるのだろう。
公園の葉桜を眺めながら、私はもう一つ、ポルボロンを手に取って、そっと口に入れる。
ポルボロンはそっと砕ける。
甘くて美味しい味がふんわりと広がる。

「珍しいものを食べてますね」
ふと、声をかけられた。
久しぶりに聞く、ポルボロンを食べるたびに焦がれた声が、いきなり。

4/24/2025, 10:51:33 PM