目の前にいる女をそっと後ろから抱きしめた。
ビクッと肩が跳ねて体に力が入ったのがわかる。
彼女の肩口に、頭を預けて額を擦り付けると柔らかい掌が私の髪を梳くように撫でた。
体を強ばらせておきながら余裕を見せるその行為は妬ましくもあり、経験の差を見せつけられたようで、ギリギリと気持ちが軋む。
『お見合いする事になったんだよね』
数分前の彼女の言葉を思い出す。
大したことでも無いと言うようにさらっと言ってのけやがって。
少しは理解しろ、自覚しろ。
ここに男がいるだろう。その男はいつもアナタをどうやって扱っていたか。
大切にしていただろう、それはそれは懇切丁寧に。
それがアナタだけにしていると、アナタも分かっているだろう。
その男を前にして、お見合いをするだと?
私がアナタを愛していると知っているくせに。
ああ、そうか....この女は私を試している。
「遠回しな言い方をせずに、素直に言えばいいでしょう」
「別に何も....」
────連れ去って、一緒に逃げてほしいと言え。
アナタが望むのなら、今すぐにでもそうするのに。
何も言わないアナタが何を考えているのかわからない。だがそうであってほしいと願ってしまうのだ。
私を求めて、私に縋って、私と一緒に居たいと言ってくれ。
胸の内は文字に形容することができない。
アナタの心が見えないことがこんなにも悔しい。
文字に起こさなくてもいいから、せめて色形だけでも解ればいいのに。
アナタの私に対する心が、燃えるように真っ赤で、ハートの形をしていれば、こんなに嬉しい事はないのに。
#形の無いもの
9/24/2022, 2:59:24 PM