『スリル』
私の盗癖の始まりは些細なことだったと思う。老人の経営する商店からりんごを盗み出すことを思いつき、それを実践したら誰にも咎められずポケットにりんごは移った。違う店に行って少し大きなものを盗み出しても結果は同じ。初めて入る店なら、初めて来た国ならと段階を踏んで規模を大きくする度に逐一それは成功してしまった。私には盗みの才能があるのだと気づいた。
小説に描かれているような怪盗になったのはそれからいくらも経たないころ。盗みの才能にあぐらをかくことなく、技術の研鑽も積んできた私に盗めないものはないと自負しては私を追う警察たちをからかっていた。
そのうちに、どこの国へ行っても同じ刑事に出くわすこととなる。変装して現場を下調べしているとき、ひとり熱心にうろついていたり、盗み出したあとにすぐ駆けつけてきた警察の一団の中で声を張り上げていたり。今まで私の影を踏むことのできない人たちばかりの中に私に並び立ちうる存在が現れたことに私は戸惑った。その戸惑いに名をつけるならば、喜びが一番近いように思えた。
盗みの計画を練っているときなどにふと彼の顔が思い浮かぶことがある。盗むこと自体も楽しいことだが、最近はそれに加えて彼がどこで私を捕まえうるかを想像してはその対策を打つことにも楽しみを見いだしている。捕まれば一巻の終わり。今までにない危機感すらも不思議と楽しい。
飛行船の眼下には綺羅びやかな街に無粋な回転灯があちらこちらに光って警戒している。あれがあるということは、彼もいるということだ。そのことを思うと知らず身震いが起こり、口元には笑みがともる。彼との逢瀬を楽しみに、私は目標へ向かって颯爽と飛び降りた。
11/13/2024, 3:45:50 AM