それは天が高くなる季節、秋。
公園のベンチに、彼女は古びた端末を抱えて座っていた。
「ねぇ、あなたの記憶って、どこまで本物?」
彼女は少し不安げに、そして切なげに聞く。
彼は少し悲しげに笑った。
「わからない。でも君の声だけは、削除されても残る気がする。」
世界は“記憶再生”技術によって、過去を好きなように書き換えられる時代だった。
人々は思い出を編集し、失恋さえも削除して生きる。
けれど彼女は、秋の風に触れるたび、その温度だけは忘れられなかった。
彼は儚げに言う。
「僕は君が創った“記憶上の恋人”だよ。本当の僕は、もういない。」
それでも、彼女は微笑んだ。
「いいの。あなたがここにいる限り、私の秋は終わらないから。」
風が吹き抜け、落ち葉がふたりの間を舞う。
端末のモニターが一瞬だけ明滅した。
端末の上に涙が一滴落ちる。
彼女の涙を記録するように。
そして、光の粒となって青年は消えた。
画面にはただ一行、メッセージが残る。
『削除不能:愛』
彼女は目を閉じ、秋の風を吸い込んだ。
記憶と現実の境が、ゆっくりと溶けていった。
10/10/2025, 10:08:17 AM