部屋の片隅で
人生のどこかで躓くであろうことは、わかっていた。
順風満帆に人生は進んでいかないのだという常識的な話ではなく、自分は「そちら側」の人間ではないということを私は理解していたのだ。
金か権力か、保護者の加護を受けて、嫌味のないまっすぐな道を歩んでいる同級生を見るたびに、私はそちらの道にはしたくてもできない不器用さを抱えていることを知っていた。たとえ周りが羨むような環境であったとしても、私は自分が抱えている内面を治さないかぎり、世の中から炙り出されるのではないかということを感じ取っていた。
身長や体重は、みごとに日本の平均値ジャストであり、また学業も人並みだった。可もなく不可もなく、というあだ名があれば私が1番似合っているに違いない。極め付けに、「あの人に似てる…!」という前置きに期待させられて、いつも言われるのは、幼稚園の同級生だとか、小学校の友達だとか、従姉妹だとか、「しらねぇよ」という感想以外何も言えないようなことをよく言われてきた。顔まで日本の平均値ともなれば、もはや外国人向けのハンドブックにでも日本人の主な例として載せてほしい。
そんな何にも特別ではない私が、おおよそのレールから外れて、ある種の「特別」になってしまったのはいつからだろうか。私は今日も部屋の片隅で、過去の自分に土下座している。
12/7/2024, 2:28:17 PM