夏川流美

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近付きたい、もう一歩だけ。



手を伸ばしても届かない距離。
私と貴方の目線が交わらない距離。

誰かの影に隠れてしまう、この距離。



電車の中で、外の景色に目を揺らし。時には本に目を落とし。


憂げな長い睫毛。
透き通った白い肌。
膝丈の慎ましいスカート。
丁寧に形作られた胸元のリボン。



その全てに――貴方の全てに、触れてみたくて。


何度も何度も頭の中でイメージしては、何もできずに電車を降りる。



そんな日々の繰り返しの中で、いつもの場所に、貴方の姿が見えない日がやってきた。

あぁ、結局私は一度も行動することができなかったのか。

後悔の念を抱き、ぐ、と飲み込む。



でも、違った。
見かねた神様が背中を押してくれたようだった。



ドアが閉まる直前に駆け込んできた貴方は、いつもの場所が既に埋まっていることを知り、私のほうへ向き直した。

私の隣だけが、空いていたから。

だから貴方は、当然のように何の躊躇もなく隣へ腰掛けた。




もう一歩だけ、近付ければそれで良かったはずなのに。



どうか、私のこの心音が
貴方に聞こえてませんように。







#もう一歩だけ、

8/25/2025, 4:11:37 PM