香草

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「そっと包み込んで」

─────都心から少し離れた緑あふれる庵。窓から柔らかな光が窓から差し込み、繊細な和菓子たちを照らしている。今日も職人は厨房に立つ。

──本日はインタビューをお受けいただきありがとうございます。こちらのお店とても素敵ですね。
(職人)ありがとうございます。地元の自然をイメージして作りました。
──職人は石川県出身でしたよね。
(職人)そうです。幼少期から野山を走り回って授業もまともに聞かないやんちゃ坊主でした。
──そんな職人がなぜ和菓子の道に?
(職人)高校生の頃にパティシエを目指していた友人に触発されたんです。当時近所に住んでいた悪友で勉強も運動も良いライバルでした。なのでそいつがパティシエになると聞いた時は、じゃあ俺は和菓子職人になってやると張り合ったのがきっかけです。
──和菓子が好きとかではなかったんですね笑
(職人)はい笑。しかし彼女には非常に感謝しています。


──最近SNSなどでこちらの饅頭が非常に話題になっていますが、改めてご紹介いただけますか?
(職人)はい、最近販売し始めたものになるのですが、饅頭占いといって中の餡子が白餡か桜餡か小豆か分からないロシアンルーレット形式で販売しています。最初は余った餡子で作ったただのおまけで常連とのお遊びのつもりで付けていたものだったんですが、意外とお金を出してでも欲しいという方がいらっしゃったので販売し始めました。
──なるほど。それぞれの餡子について意味があるんですか?
(職人)そうですね。最初は意味がなかったんですが、若い子たちの間で意味が付けられたようです笑。白餡は金運、桜餡は恋愛運、小豆は仕事運といった感じで。
──最初は意味がなかったんですね!てっきり職人がそういう意味を込めているのかと思っていました。
(職人)お客さんからもよく言われます笑。それほど浸透しているんでしょうね。こちらとしても売上に繋がるのでありがたいです笑。私はそういうセンスがないものですから。若い子たちに和菓子を身近に感じてもらえてるのかなと思います。
──確かに若者は和菓子よりも洋菓子派が多いですもんね。
(職人)実は僕も洋菓子派ですよ笑。妻が作ってくれるケーキが一番好きです。


──奥様もお菓子作りをされるんですね。
(職人)はい。実は先ほど言っていたライバルというのがこの妻でして、フランスに留学して向こうでパティシエをやっていたんですよ。
──それは運命的ですね!ライバルからご夫婦になれられるまでどんなドラマがありましたか?
(職人)そうですね。大層なものではないですけど、若い頃は、お互い遠い土地ではありますが、同じ修行の身として、メールや手紙などで励まし合っていましたね。そして妻がたまたま日本に帰ってきたタイミングで結婚しました。その直後、妻に病気が判明して、治療しつつ現在に至るという感じですね。
──職人が奥様を支えているんですね。
(職人)そうですね。重度の腱鞘炎で、彼女もまだまだパティシエとして活躍できる年齢での強制退場となってしまってやりきれない様子だったので、私が支えるしかないと。今は主婦ですが、たまに店を手伝ってもらっています。

──先ほど奥様が作られるケーキが一番好きだとおっしゃっていましたが。
(職人)本当に簡単なものです。スーパーで売っているような粉と卵と牛乳を混ぜたら出来上がるようなケーキです。でも動かしにくい手で作ってもらえるのでとてもありがたいですし、何より元パリのパティシエですから、なんだかちょっと高級な味がします笑
──素敵なご夫婦で羨ましいです。では最後の質問をさせていただきます。職人にとって和菓子とは?
(職人)小綺麗な答えになってしまいますが、私の相棒です。和菓子がなければ夢もなくただ生きているだけの人間になっていたでしょうし、こんな流行を作ることもできなかった。インタビューを受けることだってありえなかった。さきほどは洋菓子派と言いましたが、やっぱり和菓子が一番ですね!

─────店のそばの木々が笑うように揺れ、店内の木漏れ日がゆらめく。いつのまにか人々の運勢を背負った餡子たちは本当は運命などではなく、誰かの手を大切に握るような愛情がそっと包み込まれているのかもしれない。

5/24/2025, 9:19:47 AM