愛し合う二人を、好きなだけ

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小説
迅嵐



「あいことばをどうぞ」

「……あいことば?」

おれは目の前で丸まっている布団の塊に為す術なく、ベッドの横に座り込んでいた。


それは些細なことだった。その日、おれは早く帰ると嵐山と約束をしていた。しかし防衛任務やら予知報告やらでバタバタしていてすっかり忘れてしまい、帰ってきたのは時計の針が真上を向いた頃だった。真っ暗な部屋を見たことでやっと思い出したおれは、急いで嵐山が寝ているはずの部屋へと向かった。そしてそこには嵐山の声でおかえり、と呟く布団の塊がいた。遅くなってしまったことを詫び、顔を見せて欲しいと懇願すると『あいことば』を求めてきたのだった。

「えっと…開けーゴマ!」

「違う」

「……ちちんぷいぷい〜」

「…もっと違う」

その後も合言葉らしいものを言うも、全て違うらしかった。

…まっっったく分からなかった。なんだ?嵐山と決めていた合言葉なんてあったか?それとも、嵐山にとって大事な言葉?うーーーーーん。分からん。

「ごめん嵐山、降参。ヒント教えて」

「……あいことばって言っただろ」

「うん…それが分からんのよ」

「あいことば」

「うん…」

「…あい、ことば」

「……うん?」

「愛の、言葉」

「………………うん?」

「……愛言葉!!」

ぎゅっと布団の端が中に丸まる。中ではリンゴのように赤くなった嵐山がいるに違いない。予知で視えなかった程の低確率の未来。滅多に我儘を言わない嵐山がかわいいおねだりを言う未来。おれはそれを引き当ててしまったらしかった。よくやったおれ。天才。さすが実力派エリート。……本当にかわいい。

おれは布団の中にいる愛しい恋人の顔を見るため、お望み通りの愛言葉を口にするのだった。

10/26/2024, 1:08:34 PM