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 昔々、尾張《おわり》という国に、織田信長という男がおりました。
 その男は、尾張を支配する大名でした。

 この織田信長という男、『うつけ』として有名でした。
 『うつけ』というのは、馬鹿。
 つまり馬鹿にされていたのです。

 なぜ『うつけ』と呼ばれていたのかというと、普段からふざけた事ばかりを言っているからです。
 家来とスキンシップを取るためなのですが、しかし彼には致命的なまでにギャグのセンスがなく、家来たちにはいつも呆れられていました。

 え?
 自分と知っている話と違うって?
 言い忘れていました。
 彼は数多にある平行世界の信長です。
 星の数ほどある平行世界の、星の数ほどいる織田信長の内の一人が、この話の主人公です。
 ですので、この話を読み込んだところで、テストには出ませんのでご注意ください。

 話を戻りましょう。
 信長は自身がうつけと呼ばれていることも知らず、大名生活をエンジョイしていました。

 そしてある日の事。
 信長は家来を集めました。
 大事な話があると言って、真剣な顔で家来に宣言しました。

「今、日本では戦いで溢れている。
 乱世で苦しむ人を救うため、ワシはこの戦いの時代を終わりにしようと思っている。
 手伝ってほしい」

 時は戦国時代、誰もが戦火から逃れ得ぬ時代です。
 この平行世界の日本も漏れず、血で血を洗う悲劇が起きていました。
 しかし信長はそれを終わらせ、時代を終わらせると言ったのです。
 歴史的瞬間でした。

 しかし家来の反応は芳しくありません。
 家来は『またかよ』という顔で自分の主人を見ます。
 信長は、この気持ちを吐露するのは初めてです。
 もちろん、家来も知ったのは初めて……
 ではいったい何が『また』なのか……

 それは今回も、信長のおふざけだと思ったからです。
 そう、家来たちは信長の発言を『時代を尾張にする』と聞き間違えたのです。
 普段の行いが祟り、信長の発言を真剣に捉えず、家来たちはいつもの冗談だと思ってしまったのです

 そして『時代を尾張にする』というのは、どう考えても悪ふざけ以外の何物でもありません。
 何をどうしたら、時代は尾張になるのでしょうか?
 ゆるキャラでも作れば良いのでしょうか?
 仮に時代が尾張になったところで、どうして苦しむ人を救えるのでしょうか?
 疑問は尽きません。

 家来はどう反応すればいいか悩み、そして一人の家来が口を開きました。
「殿、悪ふざけはほどほどに。
 この時代を尾張にするというのは、どう考えても不可能です」
 現実的な意見でした。

 ですが、家来の意見に信長は首をかしげます。
 なぜこの戦国時代を終わらせるのが悪ふざけなのか……
 それに議論もなしに、不可能と断じるのも不可解です。
 信長は、それなりの自信があってのこの発言をしたからです。

「何を言っている。
 お前たちは、このふざけた時代を終わりにしたくないのか?」
「尾張にしたくありません」
 家来たちが断言します。
 家来の言葉を聞いて、信長は心の底から驚愕しました。

 この時代を終わらせないと言うことは、これからも悲劇が増え続けると言う事。
 家来たちはそれでよいと言うのです。
 信長は恥じました。
 家来が自分さえよければよいと言う、悪魔のような奴らだと気づかなかったからです。

「くそ、こんな奴らしかいないのでは、尾張はもう終わりだ」
 信長の諦めにも似た独白。
 しかしこの言葉すら、家来たちは聞き間違いをしました。

「えっ。
 『終わりを尾張』に!?
 殿は、世界の終末すら支配すると言うのですか?」
「ええい、貴様ら何を言っておる。
 正気に戻らんか」
「『瘴気に戻れ』?
 殿は瘴気を操る魔王だったと!?」
「お前らしっかりしろ。
 いい加減目を覚ませ!」
「は、我々は目が覚めました。
 魔王様の仰せの通りに。
 魔王様なら、時代を尾張に出来る筈でしょう」
「……なんか思っているのと違う」

 こうして部下の勘違いにより、魔王・織田信長が誕生しました。
 ここから魔王・織田信長の快進撃が始まると思われました。
 しかし――

「バカな、魔王だと!?」
 信長たちの茶番劇をのぞき見している人間がいたのです。
 名は明智光秀。
 彼は、尾張に私用で来ていました。

 光秀は盗み聞きするつもりはなかったのですが、時代を終わりにするだの、魔王だの、不穏な言葉が飛び交っていたので、ついつい聞き耳を立ててしまったのです。
 壁一枚を隔てていたため、全ては聞こえていなかったのですが、『信長が魔王となって終わりにする』ことだけは分かりました。

「魔王を倒さなければいけない!」
 光秀は確信します。
 今ここで魔王の台頭を許せば、日本はさらに混沌を増してしまう。
 そうなる前に、魔王を討つしかない。

 ですが、今光秀はただの用事で来たので、刀を一本しか持って来ていません。
 おそらく今立ち向かえば、良くて相打ちでしょう。
 (だが魔王は油断している)
 光秀は決意しました。
 自らの命をなげうって、魔王を討つと……

 ――そして光秀は、信長の前に躍り出て、持っていた刀で信長を斬りました。
 ですが、魔王は倒せたものの、その場にいた豊臣秀吉に切り殺されてしまいした。

 これが、この平行世界における『本能寺の変』です。

 この出来事は、日本中に衝撃を伴って広く伝わりました。
 『光秀、魔王を討つ』と……
 ですがこの知らせに、民衆は安心するどころか、不安を掻き立てられました。

 なぜなら、魔王が一人現れたということは、第二・第三の魔王がいるかもしれないから……。
 『一匹見たら百匹いると思え』
 有名なことわざです。

 この不安を見て取った幕府は、日本中に戦争の中止を呼びかけました。
 これから現れるであろう魔王に対抗するためです。
 ほかの国々も、幕府の号令に従い、戦争をやめ団結する道を選びました。
 こうして戦争は無くなり、平和が訪れました。
 信長は自らの身を持って戦乱の時代を終わりとしたのです。

 そして魔王の脅威を忘れないため、元号を『尾張』にしました。
 時代は尾張になったのです。

 そして250年後、黒船に乗って新たな魔王が現れるまで、日本は平和な時代を築いたとさ。

 おしまい。

7/16/2024, 1:36:58 PM