舞輝薇

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私の地元で行われる祭りの開催期間は4日間で、通常よりも少し長い。
そしてこの祭りには不思議な言い伝えがあった。
それはとある条件を満たすことによって“5分間だけ死者と会うことが出来る”というもの。

もはや都市伝説のようなこの言い伝えを実践する人はほとんどいないという。
それは、この条件の代償が《自分の命と引き換え》だからだ。

でも私にはこんな条件、大したことはない。
1度は投げ捨てようとしたこの命を“彼”に救われたあの日から、私は生きることの尊さをすっかり忘れてしまった。

「あなたに救われた命を、もう1度あなたの為に使わせて…」

部屋の窓から外に投げかけられた言葉は、降り続く雨によって遮断されてしまう。
祭り当日までには止むだろうか。
その方がきっと、彼も喜ぶだろうから。
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「あーあ、また雨かぁ」

レインコートと長靴と傘…完全防備をまといながら彼が呟いた。

「わたしは雨、好きだよ」

「オレは嫌いだ。雨が降ってるってことは、どこかで誰かが泣いてる証拠なんだ…って母さん言ってた。だから早く晴れてほしいよ」
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幼い頃の記憶。
ほんの少しだけだったけれど、夢の中でまた彼に会うことができた。

祭りは今日から4日間行われる。
あの言い伝えは他にも様々な条件があり、最終日かつ、花火が打ち上がる19時45分から20時までの間でしか達成できないと言われている。

(どうか、当日は晴れますように…。)

心の中で何度も祈っていたのが効いたのか、4日目の夕方の空には雲ひとつなく、輝く星が幾つも見えた。

これならきっと叶えられるだろう。
花火が上がるまで、屋台を見て回ることにした。

…何故か成り行きで一緒に来ることになった、クラスメイトのハルトくんと共に。


「あ、カナちゃん花火まであと少しだよ!楽しみだね!」

「ねぇ、ハルトくん。私喉乾いちゃって…。ちょっとお茶買いに行ってきていいかな」

「え、なら俺が行くよ。ちょうど俺も喉乾いてたからさ!そこで待っててね」

「あ、うん…ありがとう」

打ち上げまで残り5分。
ハルトくんには悪いけど、この時間だけは絶対に誰にも邪魔されたくないから。

ハルトくんの姿が見えなくなったことを確認して、人気のない場所まで移動した。

そして花火が上がるのをひたすら待つ。
言い伝えが本当に叶う証拠なんてない。
だけど今夜は、いつもとは何かが違うような、そんな気がしていた。

余興の始まりを知らせるかのように、夜空の真ん中に咲いた一輪の花。
そして次々と色とりどりの美しい花を咲かせては儚く散っていく。

全員が立ち止まり上を向く中、私だけは目を閉じ心の中で祈っていた。

(この命と引き換えに、もう一度彼と会わせてください。覚悟は出来ています。どうか、お願いします…!)


突然誰かに肩を叩かれた。
慌てて目を開けると、そこには“彼”が立っている。

「久しぶりだね…カナ。元気にしてたか?」

「ハ、ハルキ…」

私を見て優しく微笑む彼に、私は言葉が出てこなかった。
本当は話したいことが沢山あるのに、言葉よりも先に涙が溢れて止まらない。

「泣くなよカナ。今日はこんなに良い祭り日和なのに、どこかで雨を降らせちまうぞ」

わかってる、わかってるのに。
頭では冷静に考えられるのに、俯瞰して見た自分の姿は泣きじゃくってばかりだった。


泣いてばかりの5分間は、あっという間に終わりを迎えようとしていた。
しかし残り僅かに差し迫った時、彼から聞かされたのは衝撃の事実だった。

「この言い伝えを教えたのは俺だけどさ、本当は少し違うんだ。“命と引き換え”なんて嘘で、実際には呼び出した相手のことを忘れてしまう、っていうのが本当の代償」

「呼び出した相手…?」

「そう。つまり、お前が“俺のことを忘れる”んだ。そうすれば、あの日の出来事も忘れられるだろ?」

あの日、とはおそらく…私が命を絶とうとして、それを庇ったハルキが亡くなってしまった時のことだろう。
彼は続けて話す。

「俺はお前を救えて良かったと思ってるよ。俺の願いはただひとつ。…これからもカナが、長生きしてくれること。たとえ俺のことを忘れてもな!」

そう言って彼は笑った。
涙を止めようと少し上を見ると視界に花火が映り、すぐに戻した視線の先に彼はもう居なかった。

「私、今何してたんだろう…」
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俺はずっと隣に立っていたけど、一瞬目を見開き驚いた彼女の表情から、5分間を過ぎたのだと察した。

そして不思議そうな表情のまま涙を流し続ける彼女は、とうとう俺のことを忘れてしまったのだろうことも悟った。

でも…これで良いんだ。
俺はカナにとって、居てはならない存在だから。

そのうちハルトがやってきて、泣いてばかりのカナを優しく諭していた。
俺もあいつも…幼い頃からずっとカナのことが好きだった。

「まさか兄弟で同じ人を好きになるなんてな…」

俺たちの両親は幼い頃に離婚しているため、カナは俺たちが兄弟ということすら知らない。
しかし今はその方が好都合だと思える。

「カナ…俺はお前の涙に弱いから、次から泣くときはハルトに胸を貸してもらえ」

「ハルト…カナを頼んだぞ。お前とだったら、カナはきっと幸せになれるからな…」

背を向けて歩いていく2人に投げかけた言葉。
届かなくても、どうかきっと叶えてくれ。
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「ねぇハルトくん…今何か言った?」

「え、俺…?何も言ってないけど。それよりカナちゃん、もう平気なの?かなり泣いてたみたいだけど…」

「うん、大丈夫。私もどうして泣いてたのか“思い出せないんだ”。泣くほどのこと…何かあったっけ」

私の言葉に少し罰が悪そうな顔をしたハルトくんが、こんな質問を投げかけてきた。

「あのさ、カナちゃんは聞いたことないかな…?5分間だけ死者を呼び戻せる代わりに、“その死者を忘れる”ことが代償の言い伝え」

その言葉に、大きく心臓が飛び跳ねた。
私は何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と。

彼が続けて話すがもう何も耳に入ってこない。
私は徐に後ろを振り返り、こんな言葉を呟いていた。

「そこに誰か、いるの…?」

突然吹いた風が、祭りの終焉とともにその言葉を連れ去っていった。

4/3/2024, 4:37:41 PM